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広告を「読む」。

想像しなければ、目に見えるものしか見えない――「想像力と数百円」を読む

山本高史

広告を読めば、なんかいろいろ見えてくる。例えば「文学」のこと。

新潮社(1984) コピーライター 糸井重里

想像力と数百円」。この糸井重里さんの有名なコピーは、実は「新潮文庫の100冊」というキャンペーンのショルダーコピー(!)だ。マス広告として世に出る時には「自慢ではありませんが井上君もダザイでした。」(1984)、「インテリげんちゃんの、夏やすみ。」(1985)などのキャッチフレーズに主役を譲り、ロゴの上におさまっている。にもかかわらず『日本のコピーベスト500』では「井上君」も「げんちゃん」も差し置いての、堂々の2位入賞だ。このコピーは、もちろん「数百円」があってのコピーである。その初出当時に掲載紙を見たぼく(大学生)も「数百円」が文庫本のことだとはわかったが、(想像力かなあ、読解力じゃないのかなあ)とか思っていた。考えが足りなかった。

想像力こそが文学の本質である。

最近、久々に文学について考えることがあった(文学には幅あれど主に小説についてだったが、本稿でも同様に考えている)。仕事としてではあるが、仕事であろうがなかろうが、文学である。欲望、不安、策謀、悔恨などはともかく、落魄、憤怒、邂逅、疾風怒濤と、PCでもなければ正しく書けるか自信のないような漢字までが我が魂に到来するのだ。文学を想えば不意に人生を思い出す。

仕事で文学と関わるのは2度目のことだ。会社に入ってまだ年月の浅い頃、先輩の下について『昭和文学全集』(小学館)の広告を担当したことがある。メインのキャンペーンはすでに出稿済みだったので(コピーは「渇いた胸に、言葉がしみる。」コピーライターは山田和彦さん)、それとは別に若者向けのシリーズ広告を小学館の自社媒体に展開するという、いかにもマスメディアの幸福な時代を物語るような仕事を与えてもらった。若者が若者向けの文学の広告をつくるのだ。若者なりに若い人生を精一杯考えた。1986年の日本社会はまさしくバブルに向かう、陽のあたる上り坂の途中であった。ボディコンが流行し、トレンディドラマの先駆けと言われる『男女7人夏物語』がオンエアされ、共演した明石家さんまと大竹しのぶはその後結婚する。入社2年目のぼくはDCブランドの服を着て、西麻布の仄暗いバーで背伸びをしてカクテルを飲み、会社にふんだんにあったタクシー券を浪費し、若い恋愛にいそしんでいた。そんなことをしている間に、東京圏の商業地の公示地価は1986年から1987年の1年間で実に48.2%上昇していた(国土交通省「公示価格年別対前年平均変動率」より)。

本を読むことは没入であり、時には現実逃避にも似ている。そう考えれば当時は文学とは相反する時代だった。マネーゲームは人の顔色を変え、地上げは街の顔つきを変えた。ある意味ノンフィクションはフィクションよりもおもしろく、おもしろさを求めるのならば文学の中に逃避する必要もない。他人事のような書き方をしているが、ぼくも同じ時代の空気を吸い水を飲んでいたのだ、自分だけ無垢なわけがない。

しかし同じ時代の因子を持っていたがゆえに、違和感はむしろ明快だった。違和感を不安と言ってもよい。社会や人生への本格的な入場を許されたばかりの白帯には、急な変化が世の中にとってどのくらい適正なものかを知り得なかった(たぶん黒帯の人々でも同じことだったのだろう)。現実へのバランスを欠くほどの強い興味は、自らの内面の自律性も損ないかねないという予感もあった。自分の心は自分で動かさなければならない。ぼくは原稿用紙の真ん中に、あえて大きく「ああ 幸せが 情ない。」と書いた(このコピーでTCCの新人賞をいただいた)。経過や結果に、表面的に幸せそうな自分を文学というフィルターを通して眺めると、きっとそう見えたんだろう。そんなことに思いを巡らせながらも、「想像力と数百円」を思い出すことはなかったと思う(文学と想像力にまだ思いが至らなかったという意味で)。

出版社にとっても幸いなことに、まだ文学は衰えていなかった。書籍の売上高はピークの1996年に向かって上昇基調を保ち、翌年の9月『ノルウェイの森』が出版される。

犬をモチーフにした小説を書いたことがある。3年ほど前のことだ。小さな文学賞をいただいて、ぼくもついに作家生活かと胸を躍らせたが呆気ないほどに売れなかった。それを書いている折に気がついたことが …

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