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選挙戦とマーケティング

マーケティング界の「F1」 米国大統領選挙に学ぶポジショニング戦略

吉井弘和氏(社会保険診療報酬支払基金)

選挙のコミュニケーションから、企業のマーケティングについて学べることはあるのだろうか。コロンビア大学やロンドン大学で学び、英国政治の現場での経験を持つ吉井弘和氏が、米国・英国の選挙コミュニケーションとマーケティングについて解説する。

米国大統領選挙からマーケティング技術が生まれる

米国のマーケティングの世界において、大統領選挙は時として「マーケティング界のフォーミュラ1」と称されることがあることをご存じでしょうか。フォーミュラ1(以下、F1)は言うまでもなく、自動車レースの最高峰のこと。自動車レースのF1では、その時々の最先端の技術が試され、そこで成功を得た技術が普及していきます。最先端の技術を試すことができる背景にはF1で集めることができる資金がありますし、その後の技術の普及には業界に対するF1の影響力があります。

これと同様のことが4年に一度の米国大統領選挙にも言えます。政治的・政策的な影響力は計り知れず、そのために巨額の資金が集まります。ワシントン・ポスト紙によれば、2016年の大統領選挙において、クリントン陣営は約1600億円、トランプ陣営は約1100億円を集め、それらは全て「選挙キャンペーン」という名のマーケティング活動に投資されます。

そして、この資金力を背景に、その時々の最先端のマーケティング技術が試され、そこで成功を得たものが世界に普及することになります。2008年の大統領選挙における、オバマ陣営によるSNSの活用は、マス・マーケティングから個別化されたマーケティングへ、ビジネス界のマーケティングにもイノベーションを生みました。

2016年の米国大統領選挙ではトランプ氏が勝利を収めました。その勝因は様々な角度から分析がされています。本稿では、それらを網羅的に掘り下げることは難しいため、マーケティングの古典的な問題であるポジショニングに注目して、トランプ陣営の戦略から学びを得たいと思います。

トランプ陣営がとった斬新なポジショニング

トランプ氏は大統領の就任演説において、「何も行動をしない政治家とワシントンDCから権力を奪い、忘れ去られた国民にその権力を取り戻す」と宣言しました。この言葉には彼の選挙戦略が凝縮されています。

トランプ氏は自らを「成功した起業家で、過去に政治・行政における一切のキャリアを持たない、史上初の米国大統領候補」としてポジショニングしました。それにより、あらゆる共和党内候補や民主党候補のクリントン氏から自らを差別化しました。他の候補者を「不誠実(dishonest)で堕落した(corrupted)候補」として攻撃する一方で、自分自身をその対極にある、「正直(honest)で成果を出すために行動する(entrepreneurial)変革者(change agent)」として打ち出したのです。

トランプ氏のポジショニングが、これまでの米国大統領候補のポジショニングと大きく異なることは言うまでもありません。米国大統領選挙候補のポジショニングの多くは、古くは二大政党の伝統的な支持基盤やイデオロギー、政治家としての能力の有無に根差したものであったからです。

そして、その是非は別として、トランプ氏はその言動と打ち出す政策において、設定したポジショニングとの一貫性を保ちました。共和党予備選挙の候補者であったマルコ・ルビオ氏やテッド・クルーズ氏を、「チビのマルコちゃん(little Marco)」や「嘘つきテッド(lying Ted)」などと呼び、さらには、民主党候補のヒラリー・クリントン氏を「不正直なヒラリー(crooked Hilary)」と呼びました。

先手を打って対立候補のポジショニングを設定してしまうことにより、自らをそのアンチテーゼとして、「忘れ去られた国民」の心に刻みつけたのです。

過去の大統領選挙にはない新たな切り口で自らをポジショニングし、主導権争いの先手を取ったことは、スローガンや政策、活用したメディアなど、トランプ氏の勝因とされる要素の大前提だったのではないでしょうか …

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