企業姿勢や事業の裏側、奮闘する人の想いを発信し理解や共感を得る。企業成長に欠かせない発信を、多様なステークホルダーの記憶に残すには。
読み手の記憶に強く残り、良好なイメージがシェアされていく、そんな優れた企業のストーリーテリングには、共通点があります。それは、商品開発者の失敗や人間としての弱さを正直に開示していること。強いストーリーに人間味が溢れているのです。
「弱さを描き出すと強いストーリーになる」、と企業ブランディングの専門家も指摘していますが*、私がこのことを心の底から実感するようになったのは、企業が自社にまつわるストーリーを自ら語りメディアや生活者に向けて配信する「PR TIMES STORY」というサービスに携わっているからです。
*『BRAND STORYTELLING ブランドストーリーのつくりかた』ミリ・ロドリゲス(2022)
全国でCMを流すような認知度の高い企業がストーリーを発信すると、アクセス数が高くなる傾向がある一方で、「いいね!」数を伸ばす記事というのは、企業規模の大きさや商品の知名度は関係ありません。失敗や対立があっても立ち上がり、大切な誰かのために商品を完成させた、そんな姿勢を読み手は好意的に受け入れています。人間性が感じられるストーリーほど、読者がSNSで自分の感想を語り、称賛が伝播していく傾向があります。
企業も人間らしくていい
読者の皆さんにとって、記憶に残っている企業のエピソードとは、どのようなものでしょうか。歴史ある世界的な企業を見渡してみると、心を揺さぶられるような創業ストーリーはたくさんあります。例えば「初出荷した商品が初期不良を起こしてしまい、返品対応したことの教訓から、品質基準を大幅に引き上げた会社」とか、「何百回もの試作に失敗した後の偶然のひらめきで、これまでにない商品を発明した会社」、といったように。
勉強熱心な「普通の人」がへこたれずにひたすら努力した、人間らしいストーリーが、聞き手の心に残り共感され、結果的に企業ブランディングを成功させています。最初から才能に溢れた人がロジカルに成功したサクセスストーリーとは異なるのが特徴です。
企業に「人間性」を感じるエピソードには、周囲に反対され孤軍奮闘しながら事業を進めたというストーリーや、思い付きで始めた、運が味方したというストーリーなどがあります(図1)。
図1 「人間性」がにじみ出る、企業ストーリーの例
<軽薄さ>
軽はずみな動機や行動、思いつきで始めたプロジェクトについて語る
(例)ひらめいたアイデアで企画書は出したものの、どう実現するかまでは分からないまま、研究がスタート。
<感情>
熱意、葛藤、仲間との対立
(例)企画会議では「ニーズがなく収益化できない」と反対されたが、こんな商品があったら「使いたい」と言ってくれた人の言葉を信じていた。
<弱さ>
プロジェクトの失敗や破綻への不安、恐怖を抱えながらの進行
(例)もうダメだ、自己破産だと思ったが、最善を尽くした。
<偶然>
運による成功、失敗、仲間との出会い、市況や環境の変化がプロジェクトに大きく影響
(例)試作を繰り返してもうまくいかなかったが、配合に失敗したサンプルで偶然にも高い精度が出た。
Buy me からLove youへ
私がストーリーテリングの支援者として日々サービスを運営する中では、企業ブランディングの文脈から、記事の内容について相談を受けることがあります。企業のブランドイメージは、お客様の心、脳内でつくられるものですから、どう思われるかが全てです。「Buy me」(買ってください)と露骨に言われるよりも、「Love you」(大事なあなたのために、プロダクトをつくっています)へと文体が変わったとき、共感され心が揺さぶられるのではないですか、と助言しています。
「PR TIMES STORY」の中には、企業ブランディングに資するような、記憶に残るストーリーがいくつも生まれています。例えば「自己破産寸前までいったが、再起をかけて奮闘し、運よく会社の危機を救うヒントを見つけた」というストーリーを語った社長に対しては、大手テレビや新聞の取材が来ました。
また、「忙しくて料理をする時間がない自分のために商品開発未経験でも、試作を繰り返して形にした」という食品メーカーのストーリーには、同じように忙しく働く人たちによるSNSのシェアが相次ぎました。「忙しい人を応援してきた、この企業らしい商品だな」と感じられるストーリーだったため、「次はこんな商品を待っている」という声も生まれ、生活者自らがこの企業について語り出す、という現象が起きていました。

イラスト/福田玲子
BtoB商材にも共感は生まれる。開発者が子どもの頃から抱く不満を解消すべく、社長を説得し試作を繰り返し、店舗からの期待の声を信じてこれまでにない食品用緩衝材をつくったストーリーは、「PR TIMES STORY」に公開後、多くのメディアから問い合わせが入った。
共感され記憶される3要素
こうした優れたストーリーテリングの事例を分析すると、3つの要素が含まれていることが分かります。1つ目の要素は、「当事者性(Authenticity)」です。情報発信において、創業者や開発者、起案者など、行動者自身が語る言葉には重みがあります。
2つ目は「客観性(Objectivity)」です。自分の成功体験をひけらかすような自慢話は共感されませんが、「大切な誰かのため」にプロダクトをつくってきた、という誠実で一貫性のある姿勢や、「結果としてユーザビリティに優れたサービスをつくることができた」というストーリーには読み手の称賛が集まります。
そして3つ目は、ここまでお話ししてきたとおり「人間性(Humanity)」です。企業であっても、感情や信念、失敗といった人間らしい経験の開示があると、共感を得られやすくなります。
加えてテキストだけでなく画像に対して配慮すると、さらに効果的です。当事者が顔を出すだけでストーリーに当事者性が増します。商品試作中の様子を撮影した1枚も貴重です。美しすぎない、生々しさが伝わる写真のほうが、ストーリーに多くの人の共感が集まる傾向があります。
企業にとって「弱い部分」を当事者が前に出て自ら語るというのは、勇気がいることかもしれません。しかし、そうしたストーリーには、「開発理念に共感します」「愛着を持っています」という生活者自身のナラティブを誘発しやすいのです。ぜひ挑戦してみてほしいと思います。

PR TIMES「PR TIMES STORY」サービス責任者
遠藤倫生(えんどう・みちお)
1980年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、高等学校教師を経て教育系スタートアップに勤務。27歳の時コンテンツ制作業で独立、政治経済系ニュースの撮影・執筆に携わる。その後SaaSスタートアップの取締役を経て、PR TIMESに入社。PR TIMES STORYのサービス責任者として200社以上の企業のストーリー制作を支援している。