企業姿勢や事業の裏側、奮闘する人の想いを発信し理解や共感を得る。企業成長に欠かせない発信を、多様なステークホルダーの記憶に残すには。
プレスリリースの発表だけでなく、継続して発信する機会を設けようと、自社サイトや公式ブログなどで、事業の背景や携わる人の魅力について発信する手法が盛んになっています。こうした発信には、多くのコストがかかると思われがちですが、実は組織にまつわるストーリーというのは、オウンドメディアを運用していない企業でも、すでに様々な局面で発信されていることが多いのです(図1・2参照)。
企業の魅力を継続的に発信するのが得意な企業は、信頼や共感を高めるために企業の姿勢や存在価値を伝えていくことが欠かせないと気づいています。コモディティ化した商品が増え、情報化により商品スペックの比較が容易になればなるほど、そうしたストーリーの重要性が増しています。
点検したい2つの視点
経営者やマーケター、広報担当者は、ストーリーテリングを2つの視点から点検して、組織に「実装」をすることをお勧めします。1つは、企業活動の局面ごとに、現場の社員にストーリーテリングができているかという視点。開発担当によるブログに魅力的なストーリー(「なぜ、誰のためにその機能を作るのか」等)が書かれていても、営業資料が商品スペックと価格の訴求ばかりだとしたら、顕在顧客へのストーリーテリングの機会を逸してしまいます。
もし会社の採用人事が会社やプロダクトについて最も巧くストーリーを語れるなら、他の部門はそのストーリーを拝借し、咀嚼して、自分の言葉で語れるようになるべきです。
もう1つは、現場で語られる個別のストーリーが企業を主語にした大きなストーリーの中で一貫性を持っているかどうかという視点です。例えば、採用広報を目的とした企業ブログで、「当社のインサイドセールスは3カ月でリード数を3倍、コンバージョン率を2倍にした精鋭集団です」などと書いてしまうと、顧客は自分のことを「リード」と呼ばれ、接点を持ったことを「コンバージョン」と呼ばれ、不快感を抱くかもしれません。
一貫性のないストーリーは弱く、一部のステークホルダーとしか向き合えていません。強いストーリーは、多くのステークホルダーとの関係性を強化するものです。
海外ではコンテンツ部門やコンテンツ責任者を設け魅力的なストーリーを収集し、組織の形式知としてストックする事例が報告されていますが(*1)、国内企業はストーリー性のあるコンテンツ制作を外注するケースが多いように感じます。組織の当事者が語り、書く能力を高めるという点でオウンドメディアを持つことは意味があるでしょう。
*1 D. Aaker (2018) Creating Signature Stories: Strategic Messaging that Persuades, Energizes and Inspires
企業への共感はどこから
では、どのようなストーリーテリングが、企業への共感を集めるのでしょうか。内容面での鍵は、情報の受け手側にとって意味を持つストーリーになっているかどうかです。「業界でシェア1位を目指します」と発信しても受け手の多くは自分事化しにくいでしょう。
一方で、「至福の一杯を生み出すコーヒーバイヤーが農園と共に手のかかる手法で豆を育て、間もなく届く」と語られれば、どんなものかと試してみたくなりますし、製品づくりへの熱も伝わってきます。「津波で蔵を流された酒造メーカーの職人が新種の麹菌を発見した」というインパクトのあるストーリーなら、企業の回復を応援したくなりますし、多くの人に伝える価値がある情報としてメディアが報じてくれる可能性も高まります。
ストーリーをストックするのは、コーポレートサイトやオウンドメディアなど指名検索された際に読まれる場所が良いでしょう。企業がメディア露出をした時に注目を集めやすくなります。
そして、ストーリーは必ずしもプロのライターが執筆する必要はありません。生々しい言葉で、企業の当事者自身が書いたほうが多くの人々に共感され、広く伝播するでしょう。私は、プレスリリース配信サービスの「PR TIMES」内で、企業ストーリーを発信掲載できる「PR TIMES STORY」というサービスの責任者をしていますが、プロのライターが執筆したストーリーと、企業の当事者が執筆したストーリーで有意な差はありません。つまり、巧く書くかよりも、誰が何を書くかのほうが重要だということです。
社内報や企業ブログの記事の中から当事者の熱量が込められた良い記事を選んで「PR TIMES STORY」でメディア向けに配信し、大きな効果を上げた事例も増えています。「PR TIMES STORY」では、ストーリーがメディアにも配信されるほか、SNSで第三者に拡散されるケースが多くあります。拡散状況を見ると、当事者の姿勢に共感してリツイートしたり、関わりの深い地域の人が反応していたりと、プレスリリースとは異なる伝播の仕方を見せています。企業や人物の知名度がなくても、ストーリーへの共感度が深ければ拡散していくという特徴もあります。
コーポレートサイトやブログなどで発信していた情報をリライトして「すべてのステークホルダーに届ける」と、意外なところから共感が広がるかもしれません。

ファクト情報だけでは共感が得にくいのが嗜好品。例えば「至福の一杯」を生み出すコーヒー豆も、その裏側にはバイヤー・農園の情熱ストーリーがある。
イラスト/福田玲子

PR TIMES「PR TIMES STORY」
サービス責任者
遠藤倫生(えんどう・みちお)
1980年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、高等学校教師を経て教育系スタートアップに勤務。27歳の時コンテンツ制作業で独立、政治経済系ニュースの撮影・執筆に携わる。その後SaaSスタートアップの取締役を経て、PR TIMESに入社。PR TIMES STORYのサービス責任者として200社以上の企業のストーリー制作を支援している。