プロモーション界の個人顕彰と呼ばれ、最も優れたプロモーションプランナーに贈られる「JPM The Planner 2022」の受賞経験がある、プランナー/クリエイティブディレクターの市川晴華さん。これまで、サントリー・ペプシ「本田とじゃんけん」シリーズや、東亞合成 アロンアルフア「時間が余るCM」などを手がけてきた市川さんの企画は、奇抜な設定がバズを生むこともしばしば。そのユニークな発想はどう生まれているのか。
市川さんの企画
① 花王「アタック」/北斗の拳コラボ
「アタタタタタタタ」の『北斗の拳』とアタックがコラボ。「アタ」一点突破のコラボは、作品のファンを超えて話題を集めた。「誰でもわかるコラボ理由がつくれたことで、IPコラボの難しさをひとつ突破できた」と市川さん。
② サントリー/「特茶クリスマス」
「8週目から、体脂肪低減が認められた」というエビデンスにちなんで、8週間後のクリスマスを意識してもらう企画。読売広告社のパートナースタッフとして担当。
人気漫画『北斗の拳』の主人公・ケンシロウが「アタタタタタタタ」と連呼するだけの動画がSNSで話題を集めた(①)。動画は、花王の「アタック」と、ゲームアプリ『北斗の拳 LEGENDS ReVIVE』のコラボキャンペーンの一環で制作されたものだ。動画内では、共通点となる「アタ」をひたすらに連呼。「商品連呼型CMの一つの理想系ではないかと思っています」、そう話すのは企画を担当した、CHOCOLATEのプランナー 市川晴華さんだ。
無音のテレビから映像を摂取 情報収集は「今を見る」を意識
「アタックのCMは、新商品を何度も画面中央に出す、『広告』ではあるのですが、商品とキャラクターのあまりの相性の良さに“広告的であること自体がエンタメになる”と感じた企画です。Xでは2万近くのいいねを達成し、想定以上の拡散がありました」。
このように、市川さんが考える企画には、不意をつかれるようなものが多い印象だ。同コラボ企画も「1秒でわかる企画にした」と話す市川さんだが、普段はどのように情報を集めているのだろうか。聞いてみると、意外にも自身にとって「特別なことはしていない」と話す。
「担当する媒体で流れているものを、ひとつでも多く見るようにしています。
ただ、唯一気をつけているのは、“今どうなっているのか”を掴むこと。特に、普段あまり見ないテレビは意識して見るようにして、無音にして映像表現だけをひたすら見ることも。
結局のところ、企画における『新しさ』って相対的なものでしかないので、現在を知ることでしか生み出せないと思うんです。
例えば、テレビCMは莫大な予算をかけて、いくつもの合意形成の積み重ねで完成します。つまり、これまでの歴史で積み上げられてきた、各社の『叡智』と『解』の結晶としてできあがるので、とても勉強になるんですよ」。
生活者の感覚に近づけていかに素直な自分を引き出すか
他にも市川さんの担当する企画は話題を集めるものばかりだ。2023年には、メインコピーを「特茶なら間に合う。(何が?)」と打ち出した「特茶クリスマス」(②)を企画。交通広告では、体形を気にする人が増えるクリスマスシーズンを意識したメッセージを、特茶がいち早く宣言した。
そんな市川さんが、企画を考える時に意識していることは、「感覚を生活者に下ろした、素直な自分を引き出す」ことだという。
「常に意識しているのは、商品の一番すごいところを見つけて、一回感動してみることです。例えば、オリエンを受けた最初の感想はその時にしか生まれないものですよね。その時触れた素直な自分の感情はとても大事にしています」。
例えば、前述の特茶の企画を振り返ってみる。市川さんは当時のオリエンで、「8週目」から体脂肪の低減が認められたという特茶のエビデンスを聞いた。市川さんが目をつけたのはその数字の強さだ。施策のローンチ時期から逆算し、クリスマスの8週間前に交通広告を掲出することで、話題化を図った。
「また、特茶のような既存商品で新たな気づきを発見するのであれば、Amazonレビューが最強です。SNSにはない、リアルな利用者の声として熟読します。自分を生活者の感覚に近づけて、素直な自分をいかに引き出せるかは、常に意識しています」。
オリエンのシンプル化戦略 わずかな時間も企画を考える
ここまでの話でも、市川さんは日常の中で見逃されがちなヒントに着目し、独自の視点から新たなアイデアを生み出していることがわかる。さらにその後、企画として練っていくときにまず行っているのが「オリエンのシンプル化」だという。「企画時はまず、オリエンを一言で言うと?と頭を整理します。すると、移動中や少し手が空いた時間にでも、その企画のことをすぐに考えられるようになるんです。
私は、一瞬の隙も企画を考えて、スマホにメモするタイプなので、そこからはオリエンを踏まえて、“商品ならではの表現”を考えていきますね。
企画ができたら、ひたすらに“粘る”。本当におもしろいのか、世にこのまま出てしまっても反応が想像できるものなのか。クライアントへの説明5分前とか、それくらいギリギリまで粘ってやっています」。
いつ何時も企画のことを考えている市川さん。それでもアイデアが出なくなってしまう時もるはず。市川さんならどうするのだろうか。「一旦、おもしろくない案を考えるようにしています。何がおもしろくないかを考えると、おもしろいことも見えてくるので。その繰り返しかなと思いますね」。
「ただでは終わらない」企画を今、プランナーができること
最後に、市川さんが企画で大事にしていることを聞くと、垣間見えたのは「新規性へのこだわり」だった。「大事なのは、その商品・ブランドらしさにこだわることと、文脈に乗っかるだけではない、新しさを足すことだと思います。最近は『SNSでバズっているから」という文脈のもとで動く企画も多いと思いますが、ただSNSで流行っているものや、既出の文脈に乗っただけの企画だと、前例の要素を借りているだけの状態になってしまい、自分やチームの存在意義がなくなってしまいます。
また、『乗っかっているだけ』の企画は、生活者にも見抜かれます。ブランドが愛されるところまで到達するために、媒体の特性を見つめて、ただの表現だけで終わらない気合いをもって、これからも企画に向き合っていきたいです」。
最近刺激を受けた企画は?
東京ガス/「母の推し活」篇
家族を支えながら「推し活」をする母親を題材に制作。熱心に推し活をして、暮らしが豊かになっていく様子に、SNSでも共感の声が集まった。
親子の絆を現在にアップデートして、共感できる要素を細かなティップスに変えて、最終的なビジョンも伝えていく。このリアリティの追求で、短尺動画が主流となる中、ストーリーテリングを工夫すれば、長尺動画もまだまだ可能性があるのだなと気づくことができました。「簡潔であるべき」という風潮の中、希望が持てましたし、母娘それぞれのキャラクターのつくり方も素晴らしかったと思います。
2024年度の企画はどうなる?
時代の流行り廃りが、より一層早くなっている気がします。キャスティング一つをとっても、リスクと考える場面もあるかもしれません。つまり、ある意味では「時代の波に関係ない」太い企画が出てくるかもしれないということ。PR文脈を無視した、今の時代を反映していないけど、いつの時代に生まれてても「好きと思える」ような、太いストーリーやビジュアルなど、広告の原点に立ち返るような企画が出てきたらいいなと思い、希望的観測も込めました。