デジタル広告の需要が高まる一方、コロナ禍を経てリアルな体験価値への注目が再び高まっている。そうした中、東急エージェンシーは物理的接点(フィジカル)とデジタル接点を融合した「Phygital Communication Planning」を提唱。またOOH広告をエンタテインメントと融合した「体験の場」として進化させることで、広告の未来を切り拓こうとしている。顧客にとっての体験価値を最大化する“フィジタル”視点のプランニングについて話を聞いた。

従来のPESOモデルから拡張 体験に着眼して価値を最大化する
リアルとデジタルが融合した世界観は「Phygital(フィジタル)」と称されるが、東急エージェンシーでは「Phygital Communication Planning」を掲げ、独自の統合コミュニケーションプランニングを推進している。
このプランニングメソッドの核となるのはブランド、顧客接点、体験価値の3つのキーワードだ。顧客がブランドと接するすべての接点(フィジカルとデジタルの双方)を最適化し、顧客に提供する体験価値を最大化することを目的としている。「顧客接点とは単なるサーキュレーション上のデータの話ではなく、実際の顧客体験を起点として捉え直すべき」と、小池康裕氏は話す。
従来のPESOモデルでは捉えきれない顧客接点の複雑性を補完するため、東急エージェンシーはデータをもとに顧客接点を体系的に分析しプランニングを行う。フィジカルとデジタル双方の接点を統合的に捉え、最適な体験価値をデザインしていくことが重要だと考えているのだ。ここで言う「体験価値」とは、ブランドが提供する新しい価値訴求の形である。従来は認知向上を目的に、広告を通してサービスの機能的価値や情緒的価値を訴求する手法が主流だった。しかし現在は、顧客の「体験」を通じてブランド価値を伝え、深い印象を与えることが重要視されている。
東急エージェンシーでは、体験価値を次に挙げる5つのタイプに分類し、解釈している。「感覚的体験価値」、「感情的体験価値」、「行動的体験価値」、「関係的体験価値」、「思考的体験価値」の5つだ。そしてこれらの体験価値を基盤としながら、データに基づいて顧客接点や体験装置、コンテンツを設計する。この一連のプロセスが東急エージェンシーが提唱する「Phygital Communication Planning」の核心である。

東急エージェンシーが提唱する「Phygital Communication Planning」。PhygitalSyndicateは商標登録出願中。
広告そのものを魅力的な体験に進化させる
具体的には、リアルなメディアであるOOHとデジタル技術を掛け合わせることで、その価値と効果の向上に取り組んでいる。
例えば、2024年1月から開始したサービス「T-Track(ティー・トラック)」では、オーディエンスデータに基づいたインプレッション(接触可能者数)による広告取引を展開。OOH広告の効率性や効果測定を可能にした仕組みの一例だ。
これらの取り組みについて星野一道氏は、次のように語る。「デジタルメディアの急速な普及もあり、従来型のOOH広告がメディアプランニングに組み込まれにくくなっていると感じています。ターゲティングの精度や効果の可視化、次回施策の具体的な改善策を提案できる体制を構築することで、OOH広告をテレビやデジタル広告と並ぶ選択肢として活用も可能と認識していただくことを目指したい。OOH広告の効率化と可視化の実現が、『T-Track』の大きな価値のひとつです」。
直近の事例として、外食チェーン業態において、OOHとTVerやスマホ広告のOTT、テレビ広告を同時期に出稿。来店効果を測定したところ、OOHの来店効果も示された上でOOHとTVerの両方に接触した顧客で最も高い来店効果があり、リフト値として15%以上の向上が見られた。さらに、Web上のタグを活用すれば、流入経路や購買データとの連携も可能で、今後は購買リフトも計測できるように準備中だという。
また、AR技術を活用した実証実験では、渋谷の街や東急線車内を舞台にした「TOQ IMMERSIVE OOH_AR(トーク・イマーシブ・オーオーエイチ・エーアール)」を実施した。このプロジェクトではアーティスト「FRUITS ZIPPER」とコラボし、ファンコミュニティのエンゲージメントを高めることを目的に、渋谷のビジョンやサイネージ、電車内広告を活用しながら、GPS連携やインスタグラムのARフィルターを組み合わせた新しい体験を提供した。結果として、約8600人がAR体験を楽しみ、SNS上では約3万件の投稿がみられた。それにより推定2000万インプレッション以上という数値的なリーチの広がりも確認された。
この取り組みでは、デジタル技術を掛け合わせたOOH広告の媒体価値として、熱量の高いコミュニティを持つブランドやIPコンテンツがエンゲージメントを大幅に高められる可能性を示した。今後、東急エージェンシーでは体験価値を軸にした広告戦略をさらに発展させる予定だ。小池氏は、「特にIPコンテンツとの連携によるプロモーションに注力していきたい」と語る。
「ファンが没入できる体験を提供する取り組みとして、東急グループのホテルの客室をIP仕様にした事例がありますが、さらに渋谷など街全体をIP体験の場とすることも可能です。このようにブランドとIPの相乗効果を活用することで、単なる広告を超えた新たな価値を創出できる。今後は、OOHを使用しないクライアントワークにおいても体験価値を核に据えたアプローチを強化していきたいと考えています」(小池氏)。
また星野氏は、「OOH広告の可能性をデータで可視化し、さらなる拡張性を追求したい」と語る。「ターゲットの数や属性分析にとどまらず、SNSでの波及効果やブランドリフト、体験価値の向上を具体的な数字で示していきます。OOHがエンタテインメントと融合した『体験の場』として進化するには、OOH広告そのものが魅力的な体験の一部となり、人々の生活空間や都市景観と調和しながら楽しさを提供できることが重要です。そのためにも行政や地域社会との連携を深め、街全体を舞台にしたワクワクするプロジェクトの展開を目指します」(星野氏)。

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