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キャリアアップナビ

ベンチャー志向だった私が「歯車」となって会社を動かす楽しさを知った

マスメディアン

キャリアアップナビでは、マーケティングやクリエイティブ職のキャリアアップについて、毎月テーマをピックアップして解説します。今回は、日清食品でビヨンドフード事業部 ダイレクトマーケティング部 部長を務める佐藤真有美さんにこれまでのキャリアについて伺いました。良い転職は、良質な情報を入手することから始まります。「こんなはずではなかったのに…」とならないための、転職情報をお届けします!

Q.もともと、どんなキャリアを目指していたのですか?

大学では広い知識を得て、社会の問題を解決する力を養う総合政策学を専攻しました。夢中で勉強するうちに、将来は自分の意思と能力を生かせる仕事がしたい、大企業の歯車になるような働き方はしたくないと考えるようになりました。そこで卒業後はベンチャーのメディアに入社。世の中の不公平や貧富の差など多様な問題と向き合うジャーナリストに憧れたからです。

ところが、入社して3カ月が過ぎた頃に会社が倒産。入社した1999年頃はITバブルで、ベンチャー企業が次々と立ち上がっては破綻していました。「第二新卒」なんて素敵な言葉もない時代に、同期入社の18人が全員、スキルも経験もないまま放り出されてしまいました。

早く何か仕事をしなくては、と求人誌で見つけたのが、外資系紙メーカーの事務職でした。経営は安定していて、給与も良かった。ただ、入社して3年が経ち、ふと「大学で勉強したことや、あの頃に抱いた希望はどこに行ってしまったのだろう」と考え始めてしまうことに。

Q.それで転職を決めたのですね。

キャリアに悩んでいたある日、見に行った社会人野球に日本マイクロソフト社員のチームが出ていたんです。楽しそうな職場の雰囲気が伝わってきて、いい会社なんだなと。転職サイトをのぞくと、いくつか募集があり、ものは試しと応募してみたら、思いがけず入社が決まって。

日本マイクロソフトにいたのは12年間。最初は社長室で、社内イベントの企画運営を担当。数回の異動を経て、3年目にマウスやキーボードなどハードウエア商品のプロダクトマーケティング(PM)担当になりました。

同社のマーケティング部門で、商品の全責任を持つPMは花形職種でした。序列のトップはソフトウエアの担当ですが、ハードウエアの担当も羨望の眼差しで見られるポジション。紆余曲折がありましたが、学生時代に思い描いた「裁量権を持って仕事をする」という理想をやっと実現できました。

Q.その後、EC担当に異動したそうですね。

これは“外資系あるある”ですね。突如、自部署の人員削減が命じられ、2名体制だったPMが1名体制となることに。私はEC担当に異動だと告げられ、聞いた時は本…

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