シーナ・アイエンガー氏の著書『選択の科学』が発表された約10年前、人は選択肢が多すぎると逆に選べなくなるという研究結果が話題になった。では、昨今の生活者の購買行動において「多すぎる選択肢」は買い物体験の満足度にどのような影響を与えているのだろうか。最近の研究や生活者の消費行動を踏まえ、慶應義塾大学商学部の里村卓也教授に話を聞いた。
品揃え数と買い物満足度の関係性 消費者は選択作業をどう感じているのか
小売店舗やECにおける品揃え数が消費者の買い物での満足度や選択・購買行動に与える影響については、マーケティング実務と研究において多くの関心を持たれてきました。消費者によって好みが異なることを考えると、品揃えが多いほど消費者は自分の好みに合った商品を見つけられる可能性が高くなるので買い物への満足度が高くなる、と考えられます【図1の①】。
一方で、品揃え数が多くなるほど消費者は商品の比較・検討のために多くの情報処理を行うことが必要になり、選択作業が困難となるために不満足度も高くなることが考えられます【図1の②】。
品揃え数の増加に対して効果が同時に働く場合、①から②を引いたものが買い物への満足度であると考えると、品揃え数と消費者の買い者への満足度は逆U字型の関係となり、買い物への満足度が最も高くなるような、最適な品揃えの数が存在すると考えることができます【図1の①-②】。
また、選択作業が容易になれば、【図2】のように選択の困難さは右下の方向にシフトして影響が小さくなります。品揃え数と満足度の関係は右上の方向にシフトして、買い物への満足度が最も高くなる最適な品揃え数は増加すると考えることもできるでしょう。
このように、消費者にとっての最適な品揃え数が存在し、それよりも品揃え数が多くなりすぎてしまうと、買い物への満足度が低下したり購買をあきらめてしまう場合もあります。これは「選択のオーバーロード現象」と呼ばれ、実証研究でも選択のオーバーロード現象が生じると報告されて注目を集めました。
近年はマーケティング論や消費者行動論でも研究結果の再現性の議論が高まってきていますが、選択のオーバーロード現象の再現性に関する追試も多く行われてきました。それらの研究で同様な効果があったというもの以外に、効果がなかった、あるいは逆に選択肢の数が多いほうが消費者の満足度が高くなったという報告もあります。このような結果に対して、我々はどのように考えればよいでしょうか?
メタ分析による研究の統合 品揃えの充実は買い物を満足にするのか
過去の実証研究の結果を統合して知見を得たい場合に、統計的手法を用いて研究結果を統合するメタ分析という研究方法があります。選択のオーバーロードにについても、メタ分析がいくつかなされてきました。
まずScheibehenneらによるメタ分析を用いた2010年の研究1から考えてみましょう。この研究では...