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社会学の視点

北斎はくりかえし甦る

遠藤 薫氏(学習院大学)

19世紀日本でみられた世界の文化共創

Twitterで、「クジラの瞳」を映した動画を見た。揺れる波間から悠久の彼方を見据えるような威厳に満ちたその瞳には、この動画の投稿者も言っているように、自分の存在が取るに足らぬものだと思い知らされる。と同時に、この瞳は以前にも見たことがあるという思いがよぎった。

記憶を探って思い当たったのが、浮世絵師・葛飾北斎(1760-1849)が「千絵の海 五島鯨突」に描いた鯨の瞳だ。無数の小舟が鯨を浅瀬に追い込み、銛で弱らせて仕留める。巨大な鯨は周囲を取り囲まれ、水しぶきを上げる。大きく開かれた瞳は不思議に静かで、瞑想しているようだ。それは画家の幻視だと思っていたが、むしろリアルそのものなのだった。

4月から6月にかけては「北斎展」が目白押しだった。『大英博物館 北斎―国内の肉筆画の名品とともに―』(サントリー美術館)、『特別展「北斎」』(九州国立博物館)、『北斎とライバルたち』(太田記念美術館)、『北斎 百鬼見参』(すみだ北斎美術館)等々。

どの「北斎展」も盛況で、作品群のインパクトと人気の高さを改めて思い知る。北斎マニアの私としても、片端から足を運ばざるを得ない。中でも大英博物館からの里帰り展は質量ともに圧巻だった。よくこれだけ収集・保存していてくれたという感謝と、なぜこれらが日本にないのだろうという疑問が混ざり合ってちょっと複雑な気持ちに。

北斎の死後、浮世絵文化は、1867年パリ万博出品などを契機として、ジャポニスムと呼ばれる広範な芸術運動を引き起こした。当時、日本国内での評価はあくまで大衆のエンタメ、サブカル扱い。多くの傑作が海外へ流出した。庶民が日常的に芸術を楽しんでいた日本の文化度の高さと、そのことを自ら評価できない残念さは、今日にも続いている。

では浮世絵は、鎖国という孤立状態の中で日本独自の美意識が純粋培養されて生まれたものかといえば、そうではない。遠近法など西洋絵画の技法は、すでに1700年代初頭には日本に伝わっていた。北斎初期の「九段牛ヶ淵」も、誇張された遠近法やエッチングに似せた描法、画題と款記が横倒しで一見すると欧文字に見えるなど、彼が西洋画法に強い関心をもっていたことを示している。

一方、1823年から1829年まで長崎出島に滞在し、日本に西洋医学を伝えたシーボルトは、北斎に市井の生活を描いた肉筆画を発注していた。現在オランダのライデン国立古代博物館に収蔵されている作品群がそれらに該当するとされている。

つまり、鎖国の時代にあっても浮世絵師たちは貪欲に西欧文化を吸収し、またその作品群も意外に早くから西欧に伝わっていた。そんな潜在的な異文化接触の反復を経て、後のジャポニスムという衝撃が準備されたのである。300年以上の時を超えて人々の心を捉える浮世絵-ジャポニスム芸術の力は、日本と世界の文化共創によって初めて可能になったのだ。それは現代のアートシーンにおいても重要なポイントだろう。

学習院大学
法学部 教授
遠藤 薫氏

東京工業大学大学院修了、博士(学術)。日本学術会議連携会員。専門は社会学、社会システム論、社会情報学。著書に『ロボットが家にやってきたら⋯人間とAIの未来』(岩波書店)、『ソーシャルメディアと公共性』(東京大学出版会)、『ソーシャルメディアと〈世論〉形成』(東京電機大学出版局)など。

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