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デジタルだけでブランドはつくれるか?

デジタル時代の顧客経験とブランド構築

山岡隆志氏(名城大学)

コロナ禍で国内企業においても顧客接点のデジタルシフトが進んだ。これにより、顧客体験にどのような影響があるのだろうか。また、デジタルシフトのなかで、ブランド戦略をどのように変えていけばよいのだろうか。マーケティングを専門に研究する、名城大学の山岡隆志氏が解説する。

学術研究が示す網羅的なカスタマー・ジャーニー

デジタル時代におけるブランディングの考え方について、カスタマー・ジャーニー(CJ)における顧客経験の観点から検討する。CJは、マーケティング研究において、近年研究蓄積が進んでいる分野である。その中でも、De Keyser et al.(2020)は、CJにおける顧客経験を先行研究から整理しており、その網羅性とクオリティの高さは他に類をみない。実務において、この枠組みを使って顧客経験を設計すれば、他社と差別化されたマーケティング戦略を立案できるだろう。

De Keyser et al.(2020)が提示したものは、特にデジタルやブランディングの観点で整理したものではないが、デジタル環境でのブランディングをテーマに、この枠組みを利用して身近な事例を用いて検討する。さらに、サービス・エンカウンターの新しい捉え方や、非日常的なCJモデルを示した研究知見を議論に組み込むことを試みた。このような点が、本稿の新しいところである。

人間、物質に新たな役割 エンカウンター2.0

CJにおける顧客経験は、大きく「タッチポイント」、「コンテクスト」、「質」に分けられる【図1】。まずは、ブランドが創られる様々な「タッチポイント」について検討する。タッチポイントは、企業またはブランドと顧客間の接点であり、購買前、購買、購買後に分ける「ステージ」、人間、デジタル、物質に分ける「特性」、企業制御の有り無しで分ける「制御」の3次元に整理する(De Keyser et al., 2020)。

図1 カスタマー・ジャーニーにおける顧客経験の枠組み
顧客経験は、大きく「タッチポイント」、「コンテクスト」、「質」の3つに分けられる。

出所:De Keyser et al.(2020)を基に筆者修正

「特性」がデジタルである場合、顧客経験が大きく変わるのが、購買の「ステージ」だ。国内においてもコロナ禍では、購買チャネルのデジタルシフトを喫緊の課題として取り組んだ企業も多くあったはずだ。その中でも、より注視すべきは「購買後」のステージと言える。ブランドの顧客経験がソーシャルメディアなどでシェアされることで、周囲の人へも情報が伝わり、その情報をもとにブランディングがなされるため、デジタル時代は購買後ステージの重要性が以前より増している。

しかし、デジタルを「特性」における、ひとつの要素とのみ考えるのは早計である。確かにデジタルの多様なインターフェースが出現している現代、こうした新たなタッチポイントがブランディングの場になってはいる。しかし、それだけではなく、人間や物質がデジタルによって、新たな役割を担うようになってきているという側面を無視すべきではないだろう。

Larivière et al.(2017)は、サービス・エンカウンター2.0と題し、サービス・エンカウンターを創造する従業員、顧客、サービススケープ(物理的環境)、テクノロジーに生じている役割の変化を整理している。

顧客は、デジタル時代では、新たな価値を共創するパートナーやイノベーターの役割を担うようになっている(Larivière et al., 2017)。

例えば、ワークマンは、「ワークマン公式アンバサダー」として、熱いファンを認定している。キャンプブロガー、バイクブロガー、釣りブロガー、旅YouTuber、自転車YouTuber、ゴルフYouTuber、大型トレーラー運転手YouTuberとジャンルは幅広い。特定の分野に詳しく、ブログやYouTubeなどのデジタル上の発信力をもった顧客をワークマンは選んでいる。新製品開発の初期の打ち合わせ段階から参加し、革新的な製品開発に貢献する存在である。

また、スマートフォンなどを使って、バーチャルと物理的な環境を融合することにより、サービススケープの新たな価値が生まれている。例えば、ホテルの建物とスマートフォンによる拡張現実を組み合わせることで、これまでにないホテルサービスを顧客は体験することができるようになった。

最後に、「企業の制御」の有無によっても、顧客経験は異なる。例えば、プライベートと出張では、海外旅行の航空会社の手配の仕方は違う。出張であれば、勤める企業が契約している航空会社を選択することになり、個人的に好きな航空会社を自由に選ぶことは基本的にできない。出張規程という「企業の制御」によって、個人の選択から生まれることはなかった新たな航空会社のブランド体験が創出されることになる。

ブランド評価に影響を与える個人・社会・市場・環境の文脈

次に、「コンテクスト(文脈)」が与える影響がある。コンテクストは「個人のコンテクスト」、「社会のコンテクスト」、「市場のコンテクスト」、「環境のコンテクスト」に分類される(De Keyser et al., 2020)。デジタル環境によって、「個人のコンテクスト」は大きく変貌している。例えば、以前は知り合いからのクチコミによって、ブランドに対する評価を変えていた。しかし今は、ソーシャルメディアを使って、会ったこともない多様な人々のクチコミを見ることで、ブランドに対する評価を行っている。

顧客は、家族、友人、コミュニティなど様々な社会的な集団の中で生活しており、「社会のコンテクスト」によって、顧客経験は影響を受けている。例えば、友人という集団との関係は、デジタル時代になって大きく変わった。ソーシャルメディを活用することにより、リアルで関係性が深かった友人とは、バーチャル上のコミュニケーションが加わり、容易にブランドを推奨する手段ができ、日常的に行われるようになった。

また、ソーシャルメディアでは、薄いつながりを...

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