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社会学の視点

「ミステリと言う勿れ」はなぜ面白い?

遠藤 薫氏(学習院大学)

「個人化社会」におけるテレビドラマのリアル

近頃テレビドラマが面白い。2022年冬クールでいえば、たとえば「ミステリと言う勿れ」。かすかな違和感にこだわるもじゃもじゃ髪の大学生が、心ならずもいろいろな事件に巻き込まれる。ミステリと言えばミステリだが、謎解き自体より事件にかかわる人びとの心模様が胸に迫る。だから、というか、「事件」はむしろちょっと現実離れしている。でも、その超現実性の中から、突然鋭い刃のような言葉が繰り出され、心に突き刺さる。たとえば、「真実は人の数だけあるんです」とか、「なぜ、被害者が逃げなくちゃいけないんでしょう?」とか⋯。

言葉が重要な役割を果たす会話劇では、情景や身体動作が少ないが故、俳優の力量がシビアに試される。“ミスなか”では菅田将暉さんはもとより、永山瑛太さんや門脇麦さん、岡山天音さんなどが、従来のイメージを突き破る存在感を放っている。

なかでも私がすごい、と思ったのは柄本佑さん出演の回だ。降りしきる雨の路上で2人は出会うのだが、そのとき、菅田さんは即興の「ポテサラの歌」を、記憶喪失の爆弾魔(柄本さん)は「山賊の歌」を口ずさんでいる。全然違うふたつの歌が、妙に絡まり合い、シンクロしていく。その後2人は、三好達治の詩を基調底音に、とりとめもなく語り続ける。

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