昨今、マーケティング業界のトレンドワードとして急激な成長をみせているメタバース。今年初めに行われたCESでは、P&Gが新たな顧客体験の提供手段としての活用を発表するなど、実際にメタバースを採用する企業も増えてきた。なぜ今、多くの企業がマーケティング活動の一環としてメタバースに参入しているのか。「メタバースとは何か」を考えながら、その理由を中央大学 国際情報学部の岡嶋裕史氏がひも解く。
メタバース隆盛の理由は「現実より居心地がよい」から?
フェイスブックが社名をメタに変更したことにより、2021年から「メタバース」という言葉が各メディアで取り上げられるようになりました。バズワードとも言える「メタバース」ですが、次世代のビジネスに欠かせないもののひとつになるとも言われ、急いで事業に取り入れようとしている企業も多く見かけます。
それでは、なぜ新しいビジネスの場にメタバースが選ばれているのでしょうか。そしてこの新しい場は、私たちの生活をどのように変えるのでしょうか。こうした疑問に答えを求める際、「メタバースとは何なのか」について実は、しっかり理解できていないことに気づく方も多いはずです。
そこで本稿では、「メタバースとは何か」ということをひも解きながら、それが広告・マーケティング領域にどのような影響を及ぼすのかを解説していきます。
メタバースは「meta=超えた」と「universe=世界/宇宙」の合成語です。現稿執筆の時点ではまだ辞書に載っていない言葉ですが、私の考えるメタバースとは、「現実とは少し違う理でつくられ、自分にとって都合がよい快適な世界」のこと。端的に表すと、「利用者にとって現実よりも快適で、便利で、居心地がよい、インターネット上に存在する仮想空間」のことを指すと考えています。
ちなみに新宿や渋谷などの実在する都市や店舗をそのままバーチャル化したものも、メタバースとして称されることがあります。本稿ではそれらをあくまでも現実に立脚した疑似現実(デジタルツイン)として、メタバースとは区別します【図表1】。
さて、先に「メタバースは現実より居心地がよい」と言いましたが、「そんなわけがない」と否定的な意見を持つ人のほうが、現状では多数派だと思います。
それでも世界的にメタバースが発達してきているのは、現実とは違う仮想空間のほうが都合がよいと思っている人がそれなりに存在しているからです。そういう意見の人がいなければ、メタバースが存在する意味自体がなくなってしまいます。いま、その世界で楽しむ人たちは、現実よりもポジティブな効果があるからこそ、そちらの世界を選んで活動しているのです。
居心地がよいという概念をもう少し行動レベルに落とし込んで考えていきましょう。例えば、バーチャル上やオンラインのほうが都合のよいものとしては、「決済」があります。ECで商品を購入するとき、配信動画コンテンツのサブスクサービスを利用するとき、ゲーム内で着用する装備を購入するときなどのインターネット上で行われる購買行動は、現金ではなくカード決済やその他の方法で決済を完了させる人が多いのではないでしょうか。なぜなら、リアル(現金)の方が使い勝手が悪く、ネット上で決済を済ませたほうが「都合がよい」からです。
コミュニケーションの領域ではどうでしょうか。現在、私たちは「SNS」という現実とは別のプラットフォーム内で、アカウントという自身を表現するものを利用して世界中の人々とコミュニケーションをとっています。その行動が日常生活の一部になっている人もいるほどです。SNSでビジネスを展開し、学業に勤しみ、人間関係を育んでいる人もいます。
このSNSの活用のされ方とメタバースには、近しいものがあります。メタバースという仮想の空間(SNSでいうプラットフォーム)内で、アバター(SNSでいうアカウント)が、それぞれコミュニケーションをとる。時にはアバターがメタバース内でビジネスを展開したり、勉強したり、人間関係を構築したりもできる。
“バーチャル”と言われてしまうと、メタバースは遠い世界のことのようにも感じてしまいますが、SNSよりもしっかりとした「空間」が構築されており、SNSアカウントがより人間味を帯び、その空間内で仕事、勉強、遊びができる場所だと考えられれば、イメージしやすいはずです。
ネット上で活動する人にはリアルの広告施策は刺さらない
そんなメタバースが現在、企業の広告・マーケティング活動に採用され始めています。その理由のひとつとして挙げられるのが、バーチャルにおける「可処分時間」のさらなる獲得です。
オタクと呼ばれる人々をはじめとして、バーチャルやサイバー空間で常に行動している人は、インターネットに接触している間に外出はせず、テレビも見ず...