「言葉」で想いを伝える手段はさまざまだ。中でも、歌詞の中に登場する「言葉」に共感し、心を動かされた経験がある人は少なくないだろう。「なぜあの歌詞は心に響いたのか」。作詞家のいしわたり淳治氏が、自身の印象に残った歌詞フレーズを用いながら、歌詞における「言葉」の役割について語った。
成り行きで始まった作詞家人生 書くことにこだわりはなかった
僕は学生時代からバンドを組んで音楽活動をしていて、その頃からずっと作詞を担当していました。でも、「絶対に作詞をしたい!」と思っていたわけではありません。メンバーで話し合った結果、成り行きで担当になったというだけなんですよね。なので最初は、特に書くことが好きだったわけでもありませんでした。そんな僕が、言葉の面白さに気づいた瞬間は、今でも明確に覚えています。
僕は理系の高専に通っていたのですが、ある日先輩と一緒にビーカーを洗っていたときのこと。先輩に「このビーカー、どうやって洗えばいいですか?」と質問すると、先輩は、「楽しく洗えばいい」と答えたのです。
僕は洗う「方法」を聞いたのに、先輩は洗う上での「心構え」のような部分について回答した。あのとき先輩は冗談でそう言ったのかもしれないですけど、この体験があって「言葉」や、「表現」の面白さに気づいたんです。同じ言葉でも、受け取る人が違えば意味も変わるんだな、と実感した出来事でしたね。
歌詞における言葉の「描写」は3種類存在する
広告コピーでは映像が浮かぶ言葉がいいと言われたりしますが、歌詞の場合は必ずしもそうとは言えません。僕は言葉による描写には「映像をもつ描写」「もたない描写」「映像がありそうでない描写」の3種類あると思っています。例えば、「失恋して寂しい」という感情を歌詞(言葉)で表現するとしましょう。
映像をもつ描写では、「君とのやりとりがないから携帯の充電の減りが遅いよ」というような。聞くと、その具体的な映像と悲しいという感情が浮かんでくる言葉です。
一方で、映像をもたない描写は、「どうして君はいないの」という感じの歌詞。寂しい気持ちは想像できますが、聞く人に共通した具体的な映像は浮かび上がって...