マーケティングの領域が細分化された今、「マーケティングとは?」という問いに対する、答えはそれぞれの人が担務する領域に合わせて多様にでてくるかもしれない。それでは、その集大成としてのマーケティングの役割は企業内において変化はあるのだろうか。ここでは、ユニリーバや資生堂などさまざまな企業でマーケティングVPやCMOを歴任してきた音部大輔氏にマーケティングのトップという視座から、その役割や本質について話を聞いた。
狭義に誤認されがちな概念 最も本質を捉えた定義とは?
日本マーケティング協会が公式に採用している「マーケティング」の定義は「マーケティングとは、企業および他の組織がグローバルな視野に立ち、顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動である」です。世の中には、さまざまなマーケティングの定義が見られますが、私はこの定義に書かれていることに本質があると考えます。
よく、商品開発や消費者調査、あるいは広告・販売促進といった活動がマーケティングであると誤解されがちですが、これらはマーケティングに含まれる重要な要素ではあっても、マーケティングという概念全体を言い表しているわけではありません。
例えばですが、人が野菜を切る場面を見たとき、多くの人が料理をしている場面であると感じますし、本人も料理をしていると答えるでしょう。
しかし、「料理の本質は野菜を切ることだ」と言われたら違いますよね。料理の本質は「食べ物をこしらえること」で、それと同様に商品開発や広告といった、各要素がマーケティングの本質とはいえないのです。では、本質とは何か。私はそれを「新しい価値を提案すること」だと考えます。「市場創造」とも言い換えられるでしょう。
新市場の創造や、既存市場の再創造をすることで、消費者にとって「よい商品」の基準が新しく再定義されること、これがマーケティングのなすべき本質なのです。
「よい商品」の定義は、その時々の企業のマーケティング活動で変化をしています。車を例に考えてみましょう。80年代は「スタイルがよくてパワフルな車」が「よい車」の定義だったのが、現在では「環境や家計の負荷が少ないもの」、「自動ブレーキなどの安全装備」などが「よい車」の定義になっています。
このように、消費者を深く理解したマーケターが、消費者のニーズから「環境や家計の負荷が少ないもの」という新しい価値を提案し、それを消費者が受容することで、「よい車」の定義が変わるのです。勘違いされがちですが、市場とは、マーケターが創造するものであって、消費者がつくるものではありません。市場はマーケターがつくりますが、新しい価値は、消費者のニーズを踏まえて提案されるものです。では、新しい価値の根底となるニーズはどう変化しているのでしょうか。
時代と共に順位が入れ替わる 異なるニーズを持った属性
私は消費者のニーズ自体が時代とともに変化するというより、個々のニーズを体現する属性の順位が入れ替わるといった方が適切だと考えています。例えば、現在でも「スタイルがよくてパワフルな車」を「よい車」と考えている消費者はいますが、多くはありません...