人口が減少していく日本の市場において既存顧客との関係性の強化は課題になっていました。それに加えて、新規顧客へのリーチが難しいコロナ禍が起きたことで、既存顧客さらには企業を支援してくれるファンの存在は経営上、重要度を増しています。しかし新規開拓のマーケティング活動と違い、事業に対する成果の可視化が難しかったのが、ファン向けのコミュニケーション。いま、その活動の意義をどう考えるのか。4名の実務家が議論します。
自分たちの「ファン」は誰なのか自社ならではの定義が必要
──皆さんはファンという存在をどう位置付けていますか。
藤原:実は自社の既存顧客のなかで、特にロイヤルティの高いファンとも言える人たちと、どうコミュニケーションをとればいいのか、その戦略ができていない企業は多いように思います。加えて、自社の商品のどこが好きでファンになってくれているのか、深掘りができていないケースが多いのではないでしょうか。どのようにファンになったのか、その道筋を把握できれば、新規の顧客の獲得に際しても、この知見は生かされると思います。
またコロナ禍においてはデジタルマーケティングの存在感が増していますが、そこでどうしたら新しい顧客を獲得できるか、は各社の課題。多額の広告投資を行えればよいですが、予算がない場合に有効なのは、既存ファンの口コミや推薦をマーケティングに生かすこと。特に化粧品の場合には、店頭で試すことができない今、口コミに興味を持った人を対象にサンプリングを行うなどの施策も有効だと思います。
佐藤:私は、現在はCRMの担当をしていますが、それ以前はヤッホーブルーイングのファンイベントである「超宴」などを担当。ファンの皆さんと直接、触れ合ってきました。当社には潤沢な広告予算はないので、「よなよなエール」をはじめとする商品の価値や品質の良さを理解し、さらに会社が持つ価値観やミッションなどにも共感してくださるコアなファンの存在が企業の成長を支えてくれている実感があります。
──ファンにも積極的に関与してもらっている点が印象的です。
佐藤:一人ひとりが多様な嗜好やスキルをお持ちです。その力を生かして、ヤッホーブルーイングを盛り上げるために協力してくださるのはありがたいことです。ファンとの共創を目指し、まずは当社の価値観やミッションと個々のファンの方々が共鳴するポイントを見つける。それにより、その人ならではの共創の仕方が見えてくると思います。
鈴木:ニューバランスの場合、ファンの定義は難しい側面があります。パフォーマンスを求めるアスリートの方と、ライフスタイルブランドとしてファッションとして楽しむ方、2種類のお客さまがいるからです。そこでブランドのターゲットは広く「独立心を持っている人たち」と設定しています。つまりファンと一口に表現しても、好きになってくださる理由は人それぞれ。
そこで、ファンの可視化よりも、むしろ「自分たちは、どのようなお客さまにファンになってもらいたいのか」を大切にしています。こう割り切れると、すべての顧客がファンになってくださるわけではないと腹が決まるので、安心して仕事に向き合えます。
宍戸:私たち、BOKURAはこれまでに約400社の企業においてファンマーケティングのお手伝いをしてきました。そこで見出した見解として、ファンの定義をつくっています。それは①ブランド愛がある、②ブランドや会社に関する知識がある、③売上に貢献してくれる、④周りの人たちにも推薦してくれるの4つ。
案外、②の知識というのは見落としがちですが、ニューバランスさん、ヤッホーブルーイングさんなどは、ブランドに対する知識を持ったファンの方たちが多いのではないかと思います。ニューバランスさんのECサイトでは、各商品の背景などストーリーがきちんと提示されている。ファンはブランドに関する知識を得ることも喜んでくれるので、スペックだけではない情報を発信することは重要ですよね。
──自分たちが望むロイヤル化の道筋を押し付けてしまいがちです。
藤原:たとえば化粧品の場合「うちの商品ラインナップを全部使ってほしい」と思いがちです。でも、その狙いが露骨に出るコミュニケーションをしすぎると当然、ファンは離れてしまう。とはいえ、商品をブラッシュアップするために、ファンの方々とのコミュニケーションは欠かせません。企業が一方的に押し付けるのではなく、ファンのインサイトを把握するためのコミュニケーションだと位置づける必要がありますよね。
鈴木:ただ、マスプロダクツメーカーがファン全員を対象にコミュニケーションをとるのは規模の面から現実的には難しいですよね。特にデジタルマーケティングは、顧客との関係がダイレクト。「中間」といえるものがないので、この中間を担うコミュニティ的なものが必要ではないかと考えています。
──藤原さんは前職で、ニキビケア製品の第三者視点のオウンドメディアを運営するなど、コンテンツマーケティングを実践していました。
鈴木:コンテンツマーケティングも「中間」の一例でしょうね。商品を訴求するだけでなく、その背景となる自社の文化や姿勢などが伝えられる空間をつくる必要があります。世界では今、企業を一人の人格と見なし、その姿勢や考えを明確にするよう求める動きが顕著です。企業が自ら発信するだけでなく、ファンのような第三者による発信で、企業の姿勢が伝わる「中間」的な空間が、ますます必要だと感じています。
宍戸:とはいえ、企業が働きかけることでファンが狙った通りの行動をしてくれるとは思わない方がよいですよね。ただ、行動のきっかけをつくるコミュニケーションはあります。
ひとつは包み隠さず、自社のことを伝えられるか。たとえば、無理に業績の好調さをアピールするよりも「今は辛いけれど頑張っています」とマイナスな面も含めた正直なストーリーを出してしまった方が、企業のキャラクターが伝わります。相手に知られたくないこともあるでしょうが正直な情報を伝えなければ、思いはきちんと伝わらない。その感覚でファンづくりに取り組む企業が増えると、Afterコロナの時代を乗り越えるヒントが見えてくるのではないでしょうか。
座談会を終えて
今回はヤッホーブルーイングさん、ニューバランスさんの事例、さらにアパレル・化粧品の領域で数々のブランドを担当してきた藤原さんの知見をもとに「ファンの存在が企業活動に与える影響」について議論を行いました。企業による一方的な発信が受け入れてもらいづらい時代、鈴木さんが言うところの「中間」を担うコミュニティ、場の重要性は増しています。このコミュニティからの発信の基軸はファンだと思いますが当然、ファンは企業が思うような行動をしてくれるわけではありません。
ただ顧客が企業に共感する、応援したくなる瞬間は、これまで複数の企業をサポートするなかで、見えてきたことでもあります。座談会では、ファンとのコミュニケーション手段については言及しませんでしたが、顧客の声を聞き、さらに心が通うダイレクトなコミュニケーションが実現できる手段として、たとえばSNSがあるでしょう。
マスプロダクツではすべての顧客と心が通うようなコミュニケーションを行うのは難しいですが、だからこそファンになってくれそうな人に熱量を投下する。ファン向けのコミュニケーションには従来のマスマーケティングとは異なる考え方が必要とされています(宍戸崇裕氏)。
編集協力
株式会社BOKURA
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