人口減少が進む「2030年を見据えたマーケティング」をテーマに、吉野家 CMOの田中安人氏、ライオンの渡瀬薫氏、エイブルホールディングスの赤星昭江氏がオンライン座談会を開催。世代も業界も異なる三者が、それぞれ考えていることとは。
──人口が減少していくこれからの日本の市場を見据えたとき、マーケターにはどのようなマインドセットやスキルが必要になると思いますか?
田中:キーワードは「生産性」と「戦略の転換」だと考えています。
世界経済は人口動態と共に地域によりGDPの上昇が起こりますが、日本国内は人口減少が起こる。その場合にデジタルシフトによる生産性の向上。そして過去の成功体験からくるイノベーションのジレンマから脱出する「戦略の転換」が実現できるかだと考えています。
まず生産性について。現在、吉野家の牛丼の価格は380円です。これ以上、価格を安くするのは難しいです。では380円のまましっかりした利益体質にするとなると、生産性の向上が不可欠になる。その実現のためにはロボットやAIを活用するデジタルシフト、同時にそれらを扱う人の手も要るので当然シニアの方や女性が働きやすい職場の整備が急務と考えられますね。これまで以上に多様な従業員を迎え入れていくために、吉野家ではさらに「働きながら健康になれる職場」を目指そうと考えています。
人口が減っても、ひとり1日3食×365日で年間1095回ほど食事をすることは変わらない。リクルートライフスタイルによる「外食市場調査」(2018年度)によれば、日本人の平均の外食は年間50回ぐらいの計算になります。ちなみに、香港の外食率は約50%。日本はまだまだ外食率が低いんです。
そう考えると、「同業の他店が競合」という狭い視野ではなく、まだまだ市場拡大が見込める外食産業全体の活性化に貢献できるような発想が必要になってきます。
例えば、吉野家、松屋、ガスト、ケンタッキーフライドチキン、モスバーガーの外食産業5社により結成された「外食戦隊 ニクレンジャー」では、企業間で相当数の相互送客が実現しました。今までの発想ではあり得なかったことですが、縮小していく日本人全体の胃袋をデータで示して、皆さんに外食産業自体の市場を広げたいという考えに共感してもらって実現したことです。
これは同時に、社会課題の解決にもつながっていきます。またマーケティングとは商売そのものであり、CMOとはCEOの経営判断以外のすべてのことをやる人のことなんです。自分が「世の中が豊かになる」と信じたことは、マーケティングの職務から越権行為をしてでも、社外の人間を巻き込んでも、それを貫くことが大事だと思います。
なので、「自分(自社)は何をやりたいんだ」「自分(自社)は何者で何を成し遂げたいのか」と常に問いかけて、世の中の課題を解決していく人が求められていくのではないかなと思います。
赤星:マーケターは社会課題を解決するという考え方、私も同感です。私は、1人暮らしの女の子を応援する「MAISON ABLE」というブランドを担当しています。現在、国内の単身女性が900万世帯いるのですが、59歳以下の単身世帯が450万世帯と言われています。この方たち900万世帯のうち、3分の1が手取りの収入から家賃を引いた金額が8万5000円以下の"貧困層"に属すると国立社会保障・人口問題研究所が分析しています。
また一般的にも、まだまだ女性の生涯年収は低いです。女性の管理職を30%にしようと安倍首相が言いましたが、まだ十数パーセントというのが日本の現状。女の子たちを応援したいという想いは社会課題の解決に結びついていて、そこのメッセージングを今後PRで出していきたいと思っています。
田中:なぜ、マーケティングをするのか。目的を問われた時、僕は「マーケティングで世の中を豊かに幸せにするため」と答えています。マーケターとして、僕は長らく「桃太郎理論」を実践してきました。簡単に言うと、「俺を儲けさせてくれ」と言っても誰も助けてくれないですよね?でも桃太郎は「鬼退治する」という社会にとっての課題解決をまず提示した。鬼を退治したら村民が助かる。そこで誰も桃太郎の意見に「NO」とは言えない。
そして日本一の吉備団子がパッションです。パッションで仲間を集める。吉備団子ではなくお金を渡して集めた仲間だったら、鬼が強大だと逃げてしまったんです。つまり、「買い手よし、売り手よし、世間よし」という、いわゆる三方よしの構造にすると誰も「NO」と言わないんですよね。
渡瀬:私は「人口減少」という表象だけを捉えてはいけないと思っています。人口は減るかもしれませんが、人それぞれの価値観、生活様式は今以上に多様化していくと思います。人口減少よりダイバーシティを捉えていくほうがより重要ではないかと感じています。今まで見ていたような世代・地域・性別といった変数では、多様化する人々の価値観を捉えきれなくなるはずです。私たちが向き合っていくセグメントは、無限大に広がっていくと思います。
そうなったとき、データなどの情報から多様な人格をいかに想像できるか、というマーケターの能力がないと生きていけなくなるのではないでしょうか。経営判断以外の全てに関わるのがマーケターとの田中さんのご発言と近いですが、マーケティングはもはや特殊な仕事ではなく、必修科目のように当たり前の領域になっていくのではないかと思います。
田中:そうですね。一方で、宣伝だけ、デジタルだけといったように専門特化したスキルだけを突き詰めてしまうと近視眼的になってしまう。マーケター人材が高度化してきている中、今はセンスが問われる時代。センスは特殊な人が持っているものではなく、実践経験の積み重ね、判断の蓄積によって培われるもの。要は、個々人のミニマムな経営活動を通じて得られるものだと思うんです。
となると結局、マーケターは「商売人」であるべき。あらゆる工程に頭を突っ込み、様々な経験や判断を積み重ねていくことが重要です。そうすれば...