広告マーケティングの専門メディア

           

多様化する時代 広告表現のリスクと対応

企業のためでも社会のためでもなく ダイバーシティを自分の心で感じてみる

橋田和明氏(HASHI inc.)

カンヌライオンズやアドフェストなど海外の広告賞でも受賞経験を持ち、2016年にはカンヌライオンズPR部門の審査員を務めた橋田和明氏。近年は、毎年カンヌライオンズに参加しているという同氏が、海外の事例からダイバーシティの広告表現について解説します。

社会ではなく自分自身がどう感じているのかが重要

最近、あらゆる企業が取り組み始めているSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)やESG投資(社会的責任投資)。その一部に、人間におけるダイバーシティ・インクルージョンの話も包含され、日本におけるダイバーシティの議論も加速しています。インターネットで「ダイバーシティ」と検索してみると、ダイバーシティ・マネジメントなど組織における人材活用の話や、それが企業にとってどれだけ経済的にも効果があるか、という方向のダイバーシティ推進の理由が多く語られています。

それも、もちろん正しいのですが、ここには何か違和感を覚えます。「世界の要請だから」「ダイバーシティ市場が儲かるから」ということから語られていると感じるからでしょう。「企業として」「組織として」の前に、この地球に生きている一人の人間として、「自分自身がダイバーシティをどのように感じているのか?」をまず考えなければいけないと思います。

私自身はダイバーシティ・インクルージョンが進むべきだと思いますし、その状態に「心を動かされる」と感じています。それは、カンヌライオンズをはじめとした国際的な賞の場で、この領域における様々な問題提起を目の当たりにし、心を動かされたことがきっかけです。自身としても、視覚に障がいを持つ方のダイバーシティを考えたYahoo! JAPANの「さわれる検索」といったプロジェクトも推進してきました。

本稿が、読者の皆さまが広告コミュニケーションで実践する前に、「自分はダイバーシティをどう感じているのか?」という問いを、自分自身の心に問いかけるきっかけになれば良いと考えています。

心が動かされた海外のダイバーシティ表現

さきほど述べたように、今回は「心が動かされる」という視点で紹介していきたいと思いますので、詳細を語るというよりは、私が"どこに"心を動かされたのか、という視点で解説したいと思います。

ダイバーシティを語る上で最初に紹介したいのが、Coca ColaのHilltopというテレビCMです(画像1)。1971年にオンエアされたテレビCMですが、多様な国籍・人種の人たちが丘の上に集まって、「Iʼd like to buy the world a Coke.(世界中の人に、コーラを買ってあげたい。)」と歌うものです。この時代から、国籍や人種のダイバーシティを歌い上げるCoca Colaもさすがですが、多様なバックグラウンドの人たちが、ひとつのハーモニーをつくる状態が、心にグッときます。

画像1 COCA COLA HILLTOP
Coca Colaが1971年に公開したテレビCM。最初はひとりが歌いだすが、多様な国籍や人種の人がみな同じコカ・コーラの瓶を持ちながら歌唱に参加していき、ハーモニーをつくりあげる。

様々なダイバーシティがあることへの理解を進めることとなった事例は、公共サービス広告のAd Councilが実施した「Love Has No Labels」(画像2)。レントゲンのような骨の骨格の2人がキスしたりハグしたりする様子が映し出されるスクリーン。そのスクリーンの裏から、女性2人だったり、障がいを持つ人だったり、違う宗教の人だったりが現れます。

画像2 LOVE HAS NO LABELS
公共サービス広告のAd Councilが公開した動画。スクリーンに骨格だけ映し出された2人がキスやハグをし、そのスクリーンの両脇から出てきたのは女性2人であった。

我々がいかに視覚にとらわれたバイアスを持っているかを、鮮やかに気づかせてくれます。そしてそれを目撃した周囲の人たちが心を動かされ、またその心の動きが伝播していく姿がさらにグッときます。

また、これは言わずもがなかもしれませんが、外せないケースとして、ジェンダーのダイバーシティをテーマにしたAlwaysの「#LikeAGirl」を紹介します。いわゆるSocial Experiment(社会実験)的手法のキャンペーンです。集められた大人の男性、男の子、そして大人の女性が「Show me what it looks like to run like a girl.(女の子っぽい走り方を見せて。)」と言われると、ナヨナヨとした走り方を見せます。

しかし、女の子に聞くと、全力で走ります。「It means run as fast as you can.(だって全力で走れという意味だと思ったから)」。そこも気づきなので魅力的なポイントなのですが、さらに素晴らしいのが、このキャンペーンの意図を説明された後、ナヨナヨと走っていた大人の女性たちも、その言葉に自信を持って全力で走るシーン。バイアスがとけ、#LikeAGirlに自信を持つことができた瞬間として伝わってくるところがグッときます。

最近の事例でいえば、IKEAの「ThisAbles」(画像3)。障がいを持つ人たちのダイバーシティを考えたプロジェクトです。これはIKEAの家具そのものでは不便あるいは使えないと感じている当事者とともに共創でパーツを開発し、それを3Dプリンタで出力できるようにするというもの。このプロジェクトはダイバーシティにおけるバイアスをなくすという意識的な問題だけではなく、社会に実装しているところが素晴らしい点です。障がいを持つ方々と共創していくところに心を打たれます …

あと59%

この記事は有料会員限定です。購読お申込みで続きをお読みいただけます。

お得なセットプランへの申込みはこちら

多様化する時代 広告表現のリスクと対応 の記事一覧

業界内の「意識の差」にどう向き合うのか 広告界のダイバーシティ推進の実態に迫る
炎上のトレンドは「論争型」へ 事例データベースから見えた最新の対策とは
企業のためでも社会のためでもなく ダイバーシティを自分の心で感じてみる(この記事です)
送り手の想像力の問題は「不寛容社会とどう向き合うか」
『知らせる』だけでなく『届ける』ことが重要 社会性を考慮する必要性は案件による
批判、炎上は広告の宿命? それでも、より多くの人に響くメッセージを
情報構造の変化がもたらしたネット炎上 今、広告主はリスクにどう対処すべきか?
多様な人たちの声が届くようになった社会で どのように広告を制作していくべきなのか?
問題の背景にあるのは広告業界の体質!? 多様性に配慮することが不可欠な時代に
宣伝会議Topへ戻る

無料で読める「本日の記事」を
メールでお届けします。

メールマガジンに登録する