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多様化する時代 広告表現のリスクと対応

情報構造の変化がもたらしたネット炎上 今、広告主はリスクにどう対処すべきか?

吉野ヒロ子氏(帝京大学)

インターネットの発達とともに誰もが発信できるようになり、「ネット炎上」が多発しています。では、どのようなメカニズムで起こっているのでしょうか。また、企業はどのような対策をとればよいでしょうか。社会学でインターネットのコミュニケーションを専門とする、帝京大学講師の吉野ヒロ子氏が解説します。

ネットが登場する前からあったクレームを受けての広告取り下げ

ここ15年以上、「炎上」と言われる、インターネット上での不特定多数による批判が集中的に行われ、騒動となる事例が相次いでいます。広告もしばしば、炎上のやり玉に挙げられていますが、特に性差別に関連した炎上事例が目立つように思います。性差別の観点から広告が炎上しやすいのは、次の2点が考えられます。

(1)食品、日用品など女性をターゲットとした広告出稿が多く、その中で「女性のあるべき姿」が描かれることが多い。

(2)女性に家事負担や美しさへの努力を求めることを当たり前と考える人もまだまだ多い中高年世代と、そうしたことに違和感を持つ若い世代の間でギャップが発生しやすいトピックである。

ただし、広告表現が性差別的であると抗議を受けるケースは最近に始まったことではありません。1975年にハウス食品のCM「私作る人、僕食べる人」というキャッチフレーズに婦人団体が抗議を寄せ、CMが取り下げられたという事例もあります。

公共のメディアを通じ、多くの人が接触する広告には、意図していなくてもステレオタイプを維持・強化したり、変容させたりする社会的機能があるので、差別的な表現が放置されれば差別自体が固定化されることが予測されます。そのため公正ではないと感じる表現に対して抗議が行われるわけです。

しかしこの事例では、放送開始が同年8月末、抗議が行われたのが9月末、取り下げられたのは10月末と、今では考えられないくらい展開が遅かったのです。今なら放映開始後数時間で騒動となり、翌日か翌々日には放映中止となるのではないでしょうか。この違いはインターネットによって私たちの情報環境が劇的に変化したからです。

国内では、1999年に起きた「東芝クレーマー事件」が最初の大規模な炎上事例と言えます。その後、2005年に国内では不特定多数による批判や抗議がインターネットで行われることが「炎上」と呼ばれるようになりました。

とはいえ、2000年代の炎上と今の炎上はかなり様相が異なります。2000年代のうちは、2009年の「スマイリーキクチ中傷被害事件」を除いて、炎上に関する情報はほとんどテレビや新聞には取り上げられていませんでした。それが、2010年代に入ると、テレビや新聞もインターネットで盛り上がっている話題を積極的に取り上げるようになりました。

平行して、ネットニュースやまとめサイトが増え、話題になっている炎上を取り上げると広告収入が得やすいことから、芸能人がちょっと批判されたくらいでも「炎上」として取り上げた記事が乱発されるようになっています。

さらに、それらがマスメディアで報じられることも珍しくありません。その結果、炎上はどんどん発生しやすくなり、大きな社会的影響力を持つようになったのです。

つまり、単にソーシャルメディアが盛んになったからだけでなく、社会におけるインターネットの存在感が大きくなり、情報流通の構造そのものが変わったことで炎上が起こりやすくなり、その影響力が大きい社会に変わってきたわけです。

現在の炎上のメカニズムと広告の炎上がもたらすもの

それでは、現在の炎上はどのように発生し、どれほどの影響力を持っているのでしょうか。

①炎上が発生・拡大する情報構造

炎上は、誰かが他人の言動や企業活動がおかしいと「発見」し、Twitterや2ちゃんねるなどに投稿して、多くの人が反応しはじめた時に始まります。Twitterであればリツイートによる拡散で急速に広がり、ある程度の規模になると、「トレンド」に掲載され、さらに人が流入してくることになります[図表1]。

図表1 炎上が発生・拡大する情報構造

実は、炎上に関する投稿は必ずしも攻撃的・批判的なものばかりではありません。私を含めて複数の研究者が異なる炎上事例の投稿を分析していますが、どの事例でも攻撃的な投稿はせいぜい1割、批判的な表現を含む投稿は2~3割でした。大規模な炎上だとTwitterだけで数十万件も投稿されることがありますが、その大多数は攻撃的でも批判的でもないのです。

しかし、これがまとめサイトやネットニュース、マスメディアで「◯◯が炎上」と報じられると、その時点で「◯◯が悪いことをしてインターネット上で批判されている」というニュアンスが出てしまいます。いわば「炎上」としてパッケージ化が行われるわけです。私の分析では、ソーシャルメディアよりもテレビやネットニュースで認知した人の方が多く、特にテレビのニュース番組で炎上を認知した人は、そうでない人よりも炎上の対象者を非難する態度が強い傾向がありました。

ネットニュースやマスメディアで取り上げられると、そこから知った人がさらに炎上に流入してきます。テレビでタレントが炎上についてコメントすると、それがネットニュースで記事化されて、さらに反響が起きることもあります。炎上に関する話題は取材コストが低く、人々の関心を惹くことが見込めるので、ネットニュースにとってもマスメディアにとっても、"おいしい"素材なのだと思います …

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