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新元号「令和」の力

「令和」時代のデジタルマーケティングに期待すること

佐藤康夫氏(アタラ)

日本でインターネット広告の歴史が始まったのは1996年。運用型広告をはじめとするインターネット広告の浸透により、大手企業以外にも広告活動のすそ野が広がることになった。インターネット黎明期から広告に携わってきた佐藤康夫氏が、平成の30年間の変遷、さらに新時代のデジタルマーケティングに対する期待を語る。

日本上陸したGoogle AdWords デジタル広告への影響は大きく

インターネットがなかった平成元年(1989年)ころ。広告の主たる活動は、簡潔に言ってしまえば、マスメディアを活用し認知を広げ、プロモーション活動で理解を深め、販売を促進するということで完結していたと思います。その後、日本では1996年にインターネット広告が始まりますが、最初の5年くらいはアクセス環境も悪く、ユーザーも非常に少ない状況の中で「バナー広告」の試行錯誤を繰り返していました。

インターネット普及率が5割を超える2002年、Google AdWords(現Google広告)が日本で開始に。ユーザーが入力したキーワードの検索結果に、関連したメッセージを広告として、入札方式で広告主が自らの操作で掲載する―。現在、インターネット広告の約8割を占める「運用型広告」の元祖で、デジタル広告全般への影響は極めて大きいものと言えます。始めに、Google AdWordsは何を革新したのかを4点に分けて解説します。

①入札方式による価格破壊~ロングテールの出現

最低出稿金額がほぼなく、クリック単価も任意の金額で入札できるので、コスト効率を重視する大手から、広告とは金銭面で縁がなかった多くの中小事業主までがこぞってGoogle AdWordsを活用するようになります。インターネット広告が浸透していく中で、ロングテールを狙った戦略も可能になりました。

②広告主自身での出稿操作~運用型広告の誕生

従来、広告掲載はメディア側(サイト側)が行うものでした。これを広告主側に解放することで、広告効果を確認しながら、いつでもクリエイティブ、金額、設定キーワードなどの変更が可能となり、「運用型広告」が誕生しました。いわゆる「インターネット広告会社」は、ノウハウが重要かつ労働負荷が高いこの分野に注力することで、大きく躍進していきます …

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