経営そしてマーケティングにおけるデータ活用の重要性が叫ばれるようになって以来、専門人材の採用、育成に力を入れる企業が増えています。しかしスキルを持った人材がいれば企業のデータ活用は進むのでしょうか。データ活用ができない組織には共通点があると指摘する、統計家の西内啓氏が、陥りやすい落とし穴をもとに実践的なデータ活用論を解説します。
課題設定の失敗には5つのパターンがある
前回、AIをビジネスに活かす上でボトルネックになっているのは実は、「どう実現させるか」という技術力の問題ではなく、「そもそも何を実現させるか」の課題設定にあるという話をしました。技術的な実装部分については、無理に人材を社内で抱え込まなくても、外部に依頼する方法がありますが、「何を実現させるか」が分からない状態で丸投げしても、当然ながら期待するような成果はあがってきません。
多くの企業がすでに、様々なAIを活用した取り組みを行っていますが、その多くはマネタイズが上手くいっているとは言えません。こうした課題を抱える企業からの相談も近年、私たちのもとへ寄せられる機会が増えましたが、たいていの場合は「何を実現させるか」という課題設定の部分で失敗しています。
これだけ多くの相談を聞くと、「なぜ課題設定に失敗するか」にもある種のパターンがあることが見えてきました。大きく分けると[図表1]で示したような5つのポイントがあり、「あまりAI向けではない」課題に取り組もうとしている様子が見えてきます。
まず、「総負荷量」というのは「何人の人が、年間何時間ほど、どれだけ不快な思いをしているか」という話です。AIすなわち人工知能が「人間の認知活動を機械に代替させるもの」である以上、最初に考えるべきは「代替させた時に世界全体でどれぐらい喜ばれるか」という点になります。すなわち、ごくわずかな人数の専門家が年間、数時間程度を費して会議で話し合ったことがある…というようなお題であれば、わざわざそれを代替してくれるAIをつくったとしても大きな対価は得られません。
また数多くの人間が長時間、頭を使っていたとしてもそれが自ら望んで楽しい思いをしていることであれば、やはり「明日からAIに任せたので、やらなくてよいから」と言われたとしても、わざわざお金を払うことはないでしょう。例えば、囲碁や将棋ができるAIがあるからと言って、「AIに任せればよいので明日から囲碁や将棋のことを考えなくてもよいですよ」と呼びかけても、それで喜ぶ人はいないのではないでしょうか。
ファッションでは難しい?「同質性」が成果を左右する
次の「同質性」とはどういうことでしょうか。囲碁や将棋のAIが上手くいったのは、この「同質性の高さ」によるものがあります。つまり、AIとはデータを収集した状況が「このまま一定だったとして」という条件付きで、正確に動作するものですが、この仮定がどれほど安定して当てはまるかということを考える必要があります。
仮に大不況が訪れようが、近くで災害が起ころうが、革命的なテクノロジーが発見されようが、囲碁や将棋のルールが変わることはありません。これが「同質」ということです。
しかしながら、例えばファッションの流行をAIに予測させようとすると、「このまま一定だったとして」という仮定がしばしば覆されてしまいます。
例えば2012年頃、アパレル業界が前年の流行を踏まえた上で、「春夏のイチ押しアイテム」としてデニムベストをプッシュしていたそうですが、突然ブレイクしたスギちゃんの存在によって、ほとんど売れなくなってしまった、という報道がありました。多少、高度なアルゴリズムを使ったからといって、前年までの販売履歴やSNS上の画像を分析したくらいではスギちゃんのような存在がいつブレイクするか、予測できるほどはAIは賢くありません …