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元チャットモンチー・高橋久美子さんに聞く「宝物の原石になる言葉」の見つけ方

高橋久美子

人気ロックバンド「チャットモンチー」から脱退して6年。作詞やエッセイを書きながら、言葉の力やコミュニケーションのあり方を、もう一度心に問い直す高橋久美子さん。SNSが浸透し、情報が簡単に手に入るようになった現代、どうすれば自分しか表現できない光る言葉を生み出せるのか。日常の中に潜む言葉の面白さについて聞いた。

高橋久美子(たかはし・くみこ)さん
作家・作詞家。1982年、愛媛県生まれ。ロックバンド「チャットモンチー」の元ドラマー兼作詞家。アーティストへの歌詞提供、詩作、エッセイ、絵本、脚本など執筆の他にも、音楽家との音楽×朗読のライブセッションや、画家との詩×絵の展覧会など様々な表現活動を続ける。主な作詞提供曲に「布袋寅泰/Parade」「ももいろクローバーZ/空のカーテン」など。近著に絵本「赤い金魚と赤いとうがらし」(millebooks)、翻訳絵本「おかあさんはね」(マイクロマガジン社)、エッセイ集「思いつつ、嘆きつつ、走りつつ、」(毎日新聞社)などがある。NHKラジオ第1「ごごラジ!」などラジオパーソナリティーとしても活動中。

学生時代に自分を開放し自由に表現できる音楽に出会う

作詞家・作家(ロックバンド「チャットモンチー」の元ドラマー)の高橋久美子さんのファンは多い。久美子さんの大地に根を張ったようなたくましい生き方も、繊細な詩の余韻も、ふわっとして柔らかいのに核心のついた言葉の世界感、その切なさも。高橋さんの発するメッセージを受け取ると勇気づけられ、元気をもらうことができるのだ。

高橋さんは、愛媛県出身。中学・高校時代は教室の隅っこで詩を書いているような地味な生徒だったという。

「詩を書き始めたのは中学3年の頃から。本音を出せる友だちはクラスの中にいなかったので、人にうまく伝えられない気持ちを浄化させるように、詩を書いていました。だから書いたものは誰かに見せるものではなく、自分だけの心の居場所みたいなものだったのかな。詩はパレットや絵の具がなくても鉛筆1本で自由な世界が書けます。単調に見えて奥深いし、誰の心の中にも詩は眠っているものだと思います」。

高橋さんは中高生時代に吹奏楽部に所属し、音楽の世界がいつも身近にあった。その後は地元、鳴門教育大学に入学し軽音楽部へ入部。小学校教諭の道を目指す中、チャットモンチーのドラマーとして誘われ、2003年からメンバーの一員として活動。メジャーデビューを機に上京した。

「軽音楽部に入部するまで私の中で音楽と言えばクラシックだったので、当初は譜面通りにしかドラムを叩けませんでした。しかし、同じ部の先輩から『それはダサいぞ。ロックは自分の中から出てくる感情で叩いたほうがいい』と言われたことではっとしましたね。自由に叩いてみると、まるで自分が開放されるようで、こんな自由な世界があるのだと驚いて、軽音楽の世界にどっぷりとはまりました」と、高橋さんはこれまでの人生をひとつずつ確かめるようにして話す。

そしてデビューを果たしたチャットモンチーは、月日を追うごとに大人気のロックバンドになった。

ドラマーとしてロック音楽を指揮し、作詞も担当する高橋さんは、コンサートなどで多忙な折にも、楽曲を通して知り合った画家・白井ゆみ枝氏や若手の建築家らと共にアートチーム「ヒトノユメ」を結成し、詩と絵の作品展「ヒトユメ」展を開催(2010~2013年)するなど、精力的に詩作活動を行ってきた。毎日がどんなにめまぐるしく変わろうとも、詩を傍らにおいて生きる姿勢は変わらずにあったという。

当たり前の事を疑う 詩は身近で奥深い芸術

メジャーデビューして約7年後の2011年、高橋さんはチャットモンチーから脱退。以降は、さまざまなアーティストへ歌詞提供する作詞を中心にエッセイ、小説、脚本など、自らの可能性を多岐に広げる創作の世界へと思い切って飛び込んでいった。現在の高橋さんにとって詩とはどのようなものなのだろうか ...

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