国を挙げて「働き方改革」に取り組んでいるものの、広告業界はまだまだハードな労働環境であることが多い。業界最大手である電通の問題にも社会的な注目が集まり、個人として働き方について悩んでいる人もいる。さまざまな業界の約20社で産業医を務める、精神科医の奥田弘美氏に、企画を仕事にする人にとって最適な休息方法について聞いた。

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広告業界の働き方の特徴は長時間労働の慢性化
ー産業医という立場から見て、「広告業界の働き方」をどのように捉えていますか。
私は、ある広告会社の産業医を務めていますが、やはり長時間労働が多い点が目につきます。数年前から人事担当者が頑張って改革されていますが、業態の構造上なかなか難しい面もあるようです。それは、定時を過ぎてからクライアントの担当者から要望が入ったり、決算期に駆け込みで案件が増えたりするなど、受注型のビジネスモデルのため、自社だけの改革では限界があるということです。
ー他の業界と比較すると、長時間労働が多い点が、広告業界の特徴でしょうか。
はい、働いている人も長時間労働の生活に馴染んでしまっています。前職も広告やメディア業界で働いていたという人が多く、オンとオフの線引きをあまりしないで働くスタイルに慣れている人が多いように感じます。
また、嫌々、仕事に取り組んでいるというのではなく、好きで楽しいから自然と長時間労働になってしまう人もいるようです。
ー長時間労働は、どのような悪影響を与えるのでしょうか。
長時間労働が1カ月程度であれば、健康な働き盛りの人は問題なく乗り切れることも多いでしょう。ただそれ以上に渡って続くと、睡眠不足がどんどん慢性化し過労が蓄積することになるため、いくら本人が好きで働いていたとしても、メンタルを病んだり、体調を崩したりする人が増えていきます。
やはり長時間働き続けると、確実に体も脳も疲れます。最低限必要な睡眠時間である6時間を確保できていたとしても、深夜遅くまで仕事をして、帰宅後に急いで入浴し、ご飯を食べて寝るような生活では、交感神経と副交感神経の切り替えが上手くできなくなります。そうなると、布団に入ってもなかなか寝付けず、不眠につながりやすくなりますし、自律神経のバランスが崩れて胃腸障害や眩暈、頭痛などが発生するリスクも高まります。
人間は、リラックスして体や心を緩める時間が必要です。ギリギリの生活が続いて、緩める時間を持てないと、疲れが徐々に蓄積されていきます。仕事が順調なときは症状が出ていない人でも、ある瞬間に上手くいかなくなったり、人間関係のトラブルなどを抱えたりすることによって、一気に不調になってしまう場合があります。
ライフワークバランスの崩れ メンタル、肉体に悪影響
ーメンタル面で、不調が出てくるのでしょうか。
広告業界に限った話ではないですが、ライフワークバランスが崩れると、ストレスを抱える人が多くいるようです。女性の場合は結婚や出産などのライフイベント、男性も結婚して家族ができると自分ひとりで好きなように時間を使えなくなり、ライフワークバランスが乱れます。
そうすると、家族との時間が取れず、関係が悪化してしまったり、ストレスを感じたりする人が増えるようです。また、人生の楽しみを感じられないような仕事ばかりの生活が続いても、疲労が体や心に溜まっていき、鬱病になりやすくなります。
もちろん、メンタル面だけでなく、肉体的にも悪い影響が出てきます。まず、遅い時間帯の食事が多くなると、太ります。早い人だと30代半ばくらいから、脂質代謝異常などの生活習慣病になることも。広告業界はお酒を飲む人も多いので、肝機能が悪くなり、健康診断の結果も悪化していきます。
さらに、長時間労働が続くと、交感神経が緊張している状態がずっと続くことになるため、高血圧や糖尿病を発症する人も増えていきます。特に男性は中高年になると、これらの病気を抱えてしまうケースが多いです。
睡眠不足によって作業効率、発想力、集中力が低下
̶ー心と体、一方だけをケアしても駄目なのですね。
体の疲労を軽視している人が多いのですが、疲労するとどんな人でも必ず気分が滅入ってきます。体の疲労が蓄積すると、当然その一部である脳も疲労してくるため、さらに不眠になってしまう人が多いです。不眠以外にも、脳の中枢にある自律神経が失調してしまったり、原因不明の体調不良にも陥りやすかったりします。
もともと私は、精神科医として病院に勤務していたのですが、30・40代の働き盛りのビジネスパーソンが鬱病になって働けなくなってしまう姿を多く見てきました。悪化する前に何かできないかと産業医を始めたところ、想定以上に精神科医の需要があり、今では逆転して、産業医としてメンタル不調や身体不調の社員と接する時間の方が長くなりました。それぐらいに、企業は社員の心身の健康面に課題を感じているのです ...