どれだけ新しいテクノロジーを駆使したところで、ターゲットの心理や心情の深い理解なしに、心に届くキャンペーンは実現し得ません。
それならば人の心を捉え、行動を喚起した広告キャンペーンを読み解けば、その背後には、人の根源的な欲求や心理が見えてくるのではないか…。そんな仮説のもと、世界の秀逸プロモーションを100点弱集めてみました。
事例を選定し、さらにその背後にあるインサイトを分析・解説していただいたのは、日本に留まらない活躍をされている12名のクリエイターやプランナーの方々。
12名の「選者」の方々に国内外の秀逸事例を解説いただきながら、有意なインサイトを得る方法から、そのインサイトを具体的な施策に落とし込む際のポイントを考えていきます。
事例の選定テーマ
ヘルスケア
広告・キャンペーンが捉えた「インサイト」
希望が目に見えたとき、生命をかけて闘う勇気が芽生える。
メルクセローノ「See the Difference.」
ライオンズヘルスでシルバーライオンを受賞した本作品は、医師向けにつくられた抗がん剤「アービタックス」のプロモーションビデオである。医療用医薬品のプロモーションは、臨床試験で確認された効果と副作用の少なさを数値で示し、医師の関心喚起を図るのが一般的。そのカテゴリーにおいて本作品は、数値的なエビデンスを一切用いることなく全編を通して患者の心情描写のみで製品特性を語ることに成功した秀逸な例と言える。
がん治療に携わる医師のインサイトは、「がん細胞を取り除くことにより患者に生きる希望を与えたい」という強い願望にある。アービタックスの効果は「This is what tumor shrinkage looks like. (腫瘍の縮小はこのように見える)」という結びのコピーで表現されている。往々にして、患者に悪い知らせを伝えなくてはならない医師にとっては、患者からこのような反応を得られるという希望だけで、十分に興味・想像力・処方意向を捉えられる。
医療は数字だけではない。すべてのことがそうであるように、医療は結局のところ、「人」なのだ。
広告・キャンペーンが捉えた「インサイト」
人には最期の時を家族に囲まれて迎える権利がある。
インド緩和ケア協会「Last Words」
インドの政府、医師、患者とその家族を対象にしているこの作品は、極めて感情的で、問題の存在に正面から問いかけてくる。それはインド政府や病院の緩和ケアに対する見方を変えるだけでなく、患者や医師に終末期医療に関する対話を促し、十分な情報を得た上で意思決定ができるよう、その手段を与えるように働きかけている。
インドにおいて家族の絆はとても大切なことである。大切な家族が最期の時を見知らぬ人に囲まれ、最期の言葉を大切な家族ではなく看護師にささやかなければならないという事実は嘆かわしいと言うほかない。この映像は、200人の看護師が今までに聞いた最も悲痛な最期の言葉について語る映像から始まる。次々に語られる、心に響く衝撃的で粛然たる最期の言葉により、この映像は我々が緩和ケアを否定したときに、実際には何を危うくしているのかを明確に示している。
キャンペーンの直接的な成果として、緩和ケアが政府の検討課題に含まれるようになったほか、インド全土の医師や病院が緩和ケアの提供を誓い、何千もの末期患者の最期の言葉が医療スタッフではなく家族に届く状況が整いつつある ...