危機的な状況に陥ったアップルに故・スティーブ・ジョブズが復帰した直後に実施され、アップル復活の原動力となった伝説のキャンペーン「Think different」。スティーブ・ジョブズ氏のもとでクリエイティブ・ディレクターとして「Think different」キャンペーンに関わった他、「iMac」のネーミングにも携わったケン・シーガル(Ken Segall)氏。来日した同氏にアップルの企業文化やブランド力の根幹をつくった、価値観や哲学について話を聞いた。
──世界を変えた偉人たちを「世界を変えたクレイジーな人たち」としてたたえるシンプルな映像やナレーション、グラフィックと、「Think different」のわかりやすいキャッチフレーズで展開されたアップルの「Think different」キャンペーン。商品は一切登場せず、アップルという企業の思考や考えを伝えることに徹した、このキャンペーンは日本をはじめとする世界各国で展開され、当時危機的な状況にあったアップルが復活する原動力となったと言われています。
ケン・シーガルさんは、クリエイティブ・ディレクターとして本キャンペーンに携わった他、10年以上に渡りスティーブ・ジョブズ氏と共に仕事をし、同氏がビジネスにおいて常に貫いてきた「シンプル」という精神に、大きな影響を受けたと聞きます。アップルのブランド力の源とも言える「シンプル」という価値観について、ジョブズ氏との仕事を通じて得た学びは、日本でも「Think simple」の書名で1冊の本として刊行されています。
本書の中でシーガルさんは「Think different」という言葉は、ジョブズ氏が創業した時から現在に至るまで、アップルという会社の価値観を端的に表す言葉であり、そこまで企業にとって普遍的な価値を表せる言葉が見つかる企業は少ない、と記していますね。
これまで複数の企業と仕事をしてきましたが、ここまで企業の本質的な価値をテーマラインとして掲げることのできた企業は大変珍しいと言えるでしょう。しかも「Think different」という言葉は、表面的なスローガンではなく、目にした人、耳にした人が思わず立ち止まって、「いったい、アップルとはどんな会社なのだろう?」と考えさせる。そんな行動を促す言葉であることも全世界でキャンペーンがワークした理由だと考えています。
──アップルが危機的な状況にあった当時、商品が一切露出しないブランドキャンペーンに多額の投資をするというのは、大きな決断だったと思います。普通であれば、少しでも売上につながるような販促活動に投資をしようと考えそうですが。
その疑問については、人気のTEDスピーカーであるサイモン・シネック(Simon Sinek)氏がアップルの強さについて言及したコメントに理由が見いだせると思います。彼は「Start with Why」という著書も出しているのですが、アップルのような優れた会社はお客さまの「なぜ?」「何のために?」という質問に答えていると言うんです。「なぜ、この会社を立ち上げたのか?」「なぜ、その商品を世に送り出したのか?」…など。数々の「Why」に対する答えを提示できる企業だからこそ、アップルは多くの人から支持されているのだ、と。
アップルは他の多くのPCメーカーと異なり、「当社の商品の機能は素晴らしいんです」や「当社の商品を買ってください」といった類のメッセージは発信しません。常に「私たちのPCを使っていただくと、あなたの人生をこんなふうに意義深いものにできる。そしてあなたの人生をより意義深いものにするために、私たちの商品もそして企業も存在しているのだ」というメッセージを発信しています。スティーブは倒産の危機にあっても、その姿勢を貫いて、そして成功を収めたのです ...