ファストフード市場の中でも独自のポジションで、ロイヤリティの高いファンに支えられている「モスバーガー」。お店での感動体験がブランドの基盤と考える同社でも、デジタルを介した新たなコミュニケーションを模索している。「モスバーガー」を運営するモスフードサービス 執行役員 ブランド戦略室長の川越勉氏とアイ・エム・ジェイ(IMJ)取締役COOの加藤圭介氏に語ってもらった。
(左)モスフードサービス 執行役員 ブランド戦略室長 川越 勉 氏
(右)アイ・エム・ジェイ 取締役COO 加藤圭介 氏
お店での感動体験がブランドの中核
加藤▶ モスフードサービス(以下、モス)さんは、一消費者として見ても常に「安心」「安全」「美味しさ」というぶれない方針があり、ブランドの理念に一貫した姿勢を感じます。デジタルの浸透により、テクノロジーに振り回されてしまう企業も出てきていますが、私はモスさんのようなブランドの軸がしっかりしている企業こそ、デジタルを使いこなせるのではないかと考えています。
川越▶ モスにはお店での美味しい体験こそが、ブランドの軸であるという変わらない思想があります。質の高い商品を質の高いサービスで、地域密着型で提供することこそが、ブランディングの原点。デジタルの活用を考える場合も、あくまで中心はお店での体験と考えています。
加藤▶ スマホが好例ですが、デジタル時代には、お店以外にも消費者と接点を持つ機会が増えています。お客さまとの心のつながりを深めるため、店舗でのブランド体験をデジタルでも拡張していこうとする動きがありますが、モスさんはデジタルの活用について、どのようにお考えですか。
川越▶ 材料、調理法など、モスの美味しさの理由は、お店の中だけでお伝えしきれないほどのこだわりがあります。Webサイトが登場したことで興味を持たれた方に、いつでもより深い情報を提供できるようになったのは、デジタルだからこそ実現したコミュニケーションだと思っています。また2015年からはプリペイド式の「モスカード」を活用したロイヤリティプログラムやスマホ経由で商品を注文できるサービスを始めるなど、ブランドに触れ、思い出していただくきっかけをお客さまの日常の中につくっていく取り組みを強化しています。
スマホからの注文受付日常の中に接点をつくる
加藤▶ 「モスカード」の取り組みにより、お客さまの購買履歴のデータなどが蓄積されているのではないでしょうか。データ活用についてのお考えをお聞かせいただけますか。
川越▶ 現在は購入履歴に応じたロイヤリティプログラムのみですが、今後はお客さまの属性に合わせ、モス側からのご案内もできるようにしていきたいと考えています。
加藤▶ スマホを活用すれば、オフラインの行動データも蓄積・統合していけるようになりますから、ワントゥワンマーケティングに近づきますね。
川越▶ ファストフードのような飲食業で、ワントゥワンの取り組みがどこまで必要なのかは、検討の余地があるかと思います。そもそも「モスカード」をお持ちのお客さまはファンの方なので、まずはカードをお持ちの方が来店した際、お顔を覚えよう、お好みを覚えようということから実践できたらと思います。
加藤▶ 米国の小売業ではiPadなどのデバイスを店員に付与して、デジタルテクノロジーをサービスの質向上に役立てているケースもあります。メール配信などのワントゥワンマーケティング施策だけでなく、テクノロジーを店舗での接客に生かす方向性もあると思います。
川越▶ お店にも積極的にデジタルテクノロジーを取り入れるという選択肢もありますが、オペレーションが難しくなっていく課題があります。
加藤▶ フランチャイズ展開される飲食企業さんで、よく伺う課題です。
川越▶ モスの場合は創業期から共に歩んでこられたオーナーさんが多く、高年齢の方も増えているので、お店のデジタル施策には検討も必要だなと思います。デジタルの活用も重要ですが、むしろ「マニュアルを超える」ような接客がモスの理念なので、テクノロジーに振り回されずにやるべきことを考えていければとも思います。
ファンの気持ちを行動につなげるために
加藤▶ 川越さんのお話から、改めてお店での感動体験がモスブランドの根幹であると理解しました。一方でこれだけ飲食の競合も増えると、「モスを好き」という気持ちを来店という行動につなげる工夫が必要のように思います。
川越▶ まさに、その行動喚起がもっとも頭を悩ませているところです。調査をすると多くの方が「モスが大好き」と答えてくださいます。「では、最近いつ行きましたか?」と聞くと、「半年前…」といった答えも返ってくるのです。店舗数は全国に約1400あるのですが、近所にお店がなく思い立ってもすぐに行けないという方もいらっしゃいます。ただ、どうしたら1日3回の食事の中に、モスという選択肢を入れてもらえるか、そのためのマーケティングが必要だと考えています。
加藤▶ 今の時代は企業が自ら発信をしなくとも、ファンの方が発信した感動体験が拡散するケースも多く、モスのようなファンの多いブランドにはチャンスだと思います。
川越▶ そうですね。最近、訪日観光客の方が増えていますが、モスで食事をされた外国人の方が、その感動をYouTubeにあげてくださるなど、ファンの方の投稿が新しいお客さまとの出会いにつながっていると感じます。
加藤▶ ファンの方の動機は「自分がいい!」と思ったものを広めたいという純粋なものですから。
川越▶ そうですね。そこで「モスカード」のロイヤリティプログラムでも、そのお客さまにクーポンを差し上げるだけでなく、お友だちに商品をプレゼントできるチケットをお渡ししたらどうか、と考えているんです。
加藤▶ それは、素晴らしいアイデアですね。今は消費者同士がSNSでつながっているので、オンライン上でクーポンを贈り合うような仕組みも実現が可能です。
川越▶ テレビCMを始めて10数年が経ちますが、もともとモスは口コミで広がったブランドです。私自身も「幻のハンバーガー屋がある」と友達に聞いて、テリヤキチキンバーガーを食べて感動したのが、モスを知ったきっかけでした。時代が変わっても、お店での美味しい体験がすべての基点。口コミされるくらいの体験をベースに、デジタルでできることを考えていきたいですね。
加藤▶ デジタルを取り入れようとして、テクノロジードリブンになりすぎる企業もあります。しかし本来は、すべての前提にブランドとしての意思があり、その気持ちを伝えるコミュニケーションを助けてくれるツールの一つとしてデジタルがあります。ブランドとしての一貫した方針があるモスさんのような企業こそ、デジタルをうまく取り込んでいけるのではないかと思いました。
編集協力:アイ・エム・ジェイ