企業と生活者をつなぐメディアにデジタルが浸透している。現代のような環境だからこそ、際立つDMの価値とは何か。博報堂ケトルの嶋浩一郎氏、電通の岸勇希氏の二人に、最新の動向を通じてこれからの時代のDM戦略のあり方を話ってもらった。
電通 CDC エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター 岸 勇希氏
2004年電通入社。広告コミュニケーションに限らず、商品開発やビジネス・デザイン、テレビ番組の企画・制作、作詞、空間デザインに至るまで幅広い領域で活躍。
博報堂ケトル 代表取締役社長 クリエイティブディレクター・編集者 嶋 浩一郎氏
93年博報堂入社。コーポレートコミュニケーション局で企業のPR・情報戦略に携わる。タブロイド紙「SEVEN」編集ディレクター。02〜04年博報堂刊「広告」編集長。06年博報堂ケトル設立。
インナー向けに可能性
岸▶ DMは、ターゲットに対しメッセージを確実性高くリーチできる点に特性があったと思います。しかし、その機能を代替するデジタルの手段が出てきたことで、その役割は変わりつつあると思います。情報をデリバリーするだけなら、デジタルのほうが効率がよく、リーチもしやすい。だからこそ、アナログのDMには生活者とのエンゲージメントを深めるような、よりリッチな体験が求められるようになっているのではないでしょうか。
嶋▶ デジタルが持つ効率性やインタラクティブ性は確かに便利ですが、「タンジブル(実体がある)」で「リッチ」という特性は、物質であるDMならではの価値。デジタルが浸透している時代だからこそ、逆に「タンジブル」なことの価値が際立つ場面もありますよね。自分自身が受け取って良いな、と思うDMを思い返してみると、この特性をうまく理解してつくられているものだなと思います。最近届いた中で良いなと思ったのは、Netflixのサービス体験を促すDM。「めくる」「開く」「持つ」という行動と関連して情報が頭に浸透するように設計されているなと感じました。BCCメールのように、大勢に出しても構わないようなものはデジタルに置き換わっていくでしょうが、『あなただけの情報です』ということが分かるものは、ある意味“嗜好品”的に残っていくと思いますね。
岸▶ あとは対生活者だけでなく、インナーコミュニケーションにおいても、DMの可能性があると期待しています。それはこれからの時代、生活者に対してだけでなく、商品を開発する人、売る人といった、企業内部の人のモチベーションのデザインが、とても重要になると考えているからです。情熱や志を伝えるならメールより、手紙のほうが伝わりますよね。それは内側に対しても同じだと思います。
嶋▶ インナー活用の可能性の話は非常に同感。博報堂は、本当に社内ツールに凝っていて、デスクの上には思わず嬉しくなるものが日々届く。工夫次第で企業情報は面白く伝えられることを体感的に学んでいたように思います。もう一点、DMがポテンシャルを持っていると思うのが、「複雑なことを端的に伝える」という点。PC画面やスマホなど内照式のものよりも、集中して読むことができるという研究結果もあるんです。例えば、保険や住宅ローンの説明といった一目で理解するのが難しい内容は紙で編集されているDMで送るほうが適していると思います。それを編集する人には高い「編集力」が求められますが。
岸▶ DMを選択することに対しての意味性も求められるようになってきていますよね。生活者へのダイレクトなアプローチとしてDMしかない時代が長く続きましたが、今は選択肢が増えている。消去法的にDMを選択するのではなく、より意味性を理解して戦略的に選ばないと、企業のセンスやリテラシーが問われかねない。
嶋▶ 企業にとって情報の乗り物がいっぱいある中で、どの乗り物に乗せればその情報が一番輝くのか、乗り物を選ぶセンスが重要になりますよね。前述したいくつかの方向性で使えば、DMはすごい効果を発揮する乗り物になるかもしれない。
岸▶ 乗り物が増えたことで、一つひとつの最適化は進んでいます。同じメッセージでも、メディアによって最適な表現があるように、デジタルという選択肢を含めた上で、DMを選ぶことの意味が変わってきているのではないでしょうか。
ダイレクトにつながる価値とは
岸▶ 受け手の手元に物質として届く、残るということは、SNS時代には、むしろシェアされる可能性が増えるとも言えます。当然デジタルコンテンツの方がシェアボタン一発で拡散するわけですが、「面白いDMが届いた!」「こんなの見つけた!」と、より能動的に発見した特別な感覚があると思います。
嶋▶ それも含めてシェアしたくなる体験を提供するってことですよね。でも体験をさせるということは、その人の手間と時間をいただくものなので、DMもデジタルもそうだけど、体験を伴うコンテンツをつくるクリエイターはより責任を背負うようになっていくだろうね。
岸▶ それで言うと、LINEから届くDMなんかは、デスクに飾っておきたいと思わせるぐらいにしっかり設計されていますよね。お客さまの目に触れるものにどのくらい気を配れるか。その神経をとがらせている企業はDMも同じように気遣って制作するでしょう。
嶋▶ さっきのNetflixの話もだけど、ネット企業のほうが、そのマインドに敏感かもしれないね。常日頃ネットに滞在してもらっている間の体験をどうリッチにさせるか考えているから、体験デザインに対する意識が高いように思います。自分たちのサービスが無形だからこそ、DMや発表会で配るようなシールやステッカーとか、形あるものをつくるときのセンスがいい。
AKBはダイレクトの究極?
岸▶ ダイレクトの価値ということで、少し話は変わりますが、海外のイベントプロデューサーで、様々な有名アーティストのライブを手掛ける方のインタビュー記事を思い出しました。音楽の価値がどんどんライブに集約されてきている中、すでに単に生でライブを見せるだけでは、その価値さえも限界が見えていて、さらなる工夫が重要と書かれていました。具体的には、そのライブで撮影されたアーティストや観客の写真をライブ終了後、即座にGPS機能を使い、そのライブ会場にいる人にだけに、Wi-Fi経由で販売する仕組みを紹介していました。一つの場所に集合して一緒に写真を撮る。それこそが、聴いた音楽以上の体験価値になると考えているってこと。体験した人のみにその体験の証である写真を提供するってすごいダイレクトでエモーショナルですよね。それを超えるダイレクトな体験っていったら、もうアーティスト本人と握手するしかなくなるんじゃないかと。
嶋▶ なるほど。それなら、AKBはすでに数年前からその先を行っていたと。
岸▶ そうですね、あれこそダイレクトの究極の形かもしれません。補足すれば、機能面では、商品に大きな有意差が出せない時代になってきたので、生活者は商品の背景にあるコンテキストを気にするようになってきている。AKBがあれほどの人気となったのも彼女たちが苦闘しているプロセスに対して応援したいという気持ちが生まれるからだと思います。この点がDMも同じで、直筆の手紙と同じ、「手間」「苦労」が表現できる手段だと思うんです。
嶋▶ 2015年現在の時点では、DMは大量に同一メッセージをばらまくツールから体験、ブランディングのためのツールへと変わってきているというのが今日の僕らの議論です。タンジブルな物質の中にだけ込められるブランドの想いに価値があって、それにターゲットがどう気付いていくかのデザインを考えることが重要だと思います。
「全日本DM大賞2016」
応募締め切り近づく
広告戦略として優れたDM(ダイレクトメール)を顕彰する「全日本DM大賞2016」がDM作品を募集中。応募締め切りは10月31日。応募用紙や過去の作品集は公式サイト(http://www.dm-award.jp/)からダウンロードできる。