“愛人にしたい女No.1”のキャッチフレーズでブレイク中の橋本マナミさん。30歳にしてブレイクに至る過程には、どのような苦労があったのか。「中学生の時からこんな雰囲気だった」と話す彼女の素顔とは。
橋本マナミ(はしもと・まなみ)
1984年8月8日生まれ。山形県出身、AB型。グリーンチャンネル「地・中・海ケイバモード」やTOKYO MX「バラいろダンディ」にレギュラー出演中。写真集『MANAMI BY KISHIN』やDVD『女王様のおもてなし』も好評発売中。
これまでに出演したCM:
ヤマザキナビスコ「ビッツサンド」(1998年)、ポッカコーポレーション「キレートレモン」(2001年)、ホーユー「メンズビゲンワンプッシュ」(2004年)、Qihoo 360 Technology「360 Security」(2015年)
スタイリスト 吉永 希
足立▶ ブレイクのきっかけは写真集ですか。
橋本▶ そうですね。昨年の5月に10年ぶりに出しまして、それからたくさんお仕事をいただくようになりました。
足立▶ グラビアは一度辞められているんですよね。
橋本▶ 数年前に、14年間所属していた事務所を辞めて、実家のある山形に戻りました。でも、タレントとしての夢をあきらめきれずに、もう一度上京して、いまの事務所に入ったんです。最初はお仕事がなかったので、ひたすら出版社への挨拶回りをしていました。
足立▶ グラビアを辞めたのはなぜだったんですか。
橋本▶ 16歳から22歳までグラビアをやっていたのですが、その時は好きじゃなかったんです。自分から発信するというよりも、何というか、やらされているという感じがしていて…。そもそも、“太陽の下で元気に”みたいなことがあまり得意ではなかったし、自分をどう表現して良いのか分から葛藤がありました。それがグラビアの写真にも表れていたんだと思います。
足立▶ それで、山形に戻られたと。
橋本▶ 4カ月だけでしたけど …