稲垣正夫氏。
早期から海外提携を模索 「アニメのアサツー」確立
アサツー ディ・ケイ(ADK)創業者の稲垣正夫相談役が4月16日、死去した。92歳だった。通夜・告別式は近親者のみで行った。後日「お別れの会」を開く。
稲垣氏は1922年愛知県生まれ。外務省を経て、56年にADKの前身「旭通信社」を4人で創業した。当初は雑誌広告を中心に業績を伸ばし、73年に広告界で国内ベスト10入り、97年には電通、博報堂に次ぐ業界3位に押し上げた。99年には同業の第一企画と合併し、ADKとして再スタート。同社の社長、会長を2010年まで務めた。
個々の社員が経営者意識を持つ「全員経営」を経営哲学に掲げた。稲垣氏は次のような言葉を残している …
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