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広告を「読む」。

名作広告を読む。~伊勢丹「こんちには土曜日くん。」にみる「希望」の変遷

山本高史

広告を読めば、なんかいろいろ見えてくる。例えば「希望」のこと。

伊勢丹(1972年)
コピーライター 土屋耕一

担当のある講義中のやりとりの中で、大学に入ったばかりのひとりの学生から「土曜日に講義があるのが困る」という話が出た。そんなことぼくに言われてもこっちこそ困るのだが、彼女の主張は、土曜日に必修科目をあえて配置して登校しなければならないように仕組むのはズルイ。土曜日にはクラブやサークルの試合が多いのでその必修の講座を休まなければならないのでマズイ。と、いうことだ。無条件に首肯くつもりはないが、彼女の言い分は理解できる。彼ら(1995、6年生まれ)にしてみれば、つい最近高校を卒業するまでは土曜日は休日だったのだ。2002年度に公立学校の完全週五日制(週休二日制)が始まった。「ゆとり教育」の一環である。彼らは6、7歳にして週休二日の恩恵を受けたわけだ。片やぼく(1961年生まれ)の6、7歳の頃は、言うまでもなく土曜日は小学校で、ただ授業は昼までだった(まっすぐ家に帰って、吉本新喜劇を見ながら母親のつくったお昼ごはんを食べた。焼きめしが多かったような記憶がある)。彼らとぼくの間に30余年の隔たりがある。つまり彼らは大学に入ることによって、大げさに言えば、昭和以来この数十年かけて日本社会が成し遂げてきた時短の流れに逆らう方向で、重大な既得権を失ったのである。

まあそれはそれとして、そのことを考えているうちにあるコピーを不意に(あるいは自然な流れとして)思い出した。「こんにちは 土曜日くん。」。今回のテーマとしたい広告である。

このコピーは伊勢丹のために、土屋耕一さんによって1972年に書かれた。「日本のコピーベスト500」のべスト100にも選ばれており、その選評を担当したコピーライターの小野田隆雄さんは、「土曜日が休日になった頃。あれは、ずいぶん自分が豊かになった気がしました。一日、ふえたのですね、自分の時間が。どのように使おうか。そんなうれしさが、伝わってきました。(中略)やさしいときめきのあるコピーでした」と書いている。1972年のそのコピーを、「その時/その場」で受け取った人のコメントである。事実同年の日本の出来事を挙げてみれば、「札幌オリンピック」「沖縄返還」「日中国交正常化」「日本列島改造論」「あさま山荘事件」「横井庄一さん」と並ぶ。それまでの日本がそれからの日本へと、オーバーラップしながらも変化の方向性を確実に示そうとしている時代のようにも見て取れる。

「こんにちは 土曜日くん。」のボディコピーにもこうある。「週休二日になったら。土曜日が働く日から休む日へ変ったら。そのとき、私たちの生活にも、また変化がおきるでしょう。」(「土屋耕一全仕事」より原文ママ)。生活の変化とは、取りも直さず、新しい消費の創出である。百貨店伊勢丹の広告としては、あたりまえなくらい妥当なアプローチだと言える。しかし「土曜日くん」の本来の受け手ではないぼくの気持ちにまで引き起こされる陽性のざわつきは、そんな妥当な感想では説明がつかない。小野田さんが「やさしいときめき」と書いていたような、コピーや広告全体から醸し出される「うれしい」気分は何ごとなんだろう?キャッチフレーズの書体まで、ウキウキしているように見えるではないか?ここでひとつ、「土曜日くん」に関して注釈を加えなければならないことがある。このコピーは「週休二日制の施行を目前に控え、伊勢丹という百貨店がそのタイミングを捉まえてのもの」と考えるのが普通だと思われるが、実はデータを調べればそういうわけではなさそうだ。1972年に土曜日を ...

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「わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい」(丸大食品、1970年代)

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