広告マーケティングの専門メディア

           

企業コミュニケーションの理想像

広告の「枠組み」を壊す存在は

鏡 明(ドリル エグゼクティブ・アドバイザー)

030_01.jpg

鏡 明氏(かがみ・あきら)
1948年山形県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、71年電通入社。2012年3月電通 顧問退任後、現職。ACC賞、カンヌ・ライオンズ、アジア太平洋広告祭(アドフェスト)をはじめとする国内外の広告賞を多数受賞。2002年、アドフェストでアジア人初の審査委員長、09年カンヌ国際広告祭(旧称)で東アジア初の審査委員長を務め、12年のアドフェストで新設された「ロータス・レジェンド」として表彰される。全日本広告連盟が日本代表チームを選考・派遣するアドフェスト「ヤング・ロータス・ワークショップ」の国内選考会審査員長なども務める。13年、第33回「白川忍賞」受賞。

ルールは破壊されることを望む

広告の仕事は、常に変化にさらされ、また、自らを変化させてきた。広告の歴史は、変化の歴史でもある。

この世紀に入った直後だったと思う。アメリカのエージェンシーの人間とその頃話題になっていた変化について、それが本質的な物なのか、何となく話したことがあった。それがどのような変化であったのか、そちらのことはすっかり忘れてしまったが、相手の言ったことは憶えている。

「この業界に入ってから、もう何十年も経ったけれども、毎年のように何か凄い変化がやってきて、その度にこういう話になる。でも、俺たちは、それを常に乗り越えてきたよな。いや、そういう変化を軽く見ているんじゃない。そうではなくて、俺たちの業界は常にそういう変化に最初に出会い、そして乗り越えるように宿命づけられているんだ。本質というなら、それが俺たちの仕事の本質なんだと思う」。

そして、二人で笑って終わったのだが、その時、私たちの頭にあったのは、プリント・アドから、ラジオ、テレビ、インターネットというメディア環境の変化、あるいは、フィルムからビデオ、そしてデジタルといった技術的な変化に私たちの産業は常に対応して乗り越えてきたという歴史的な事実であったし、それがこの業界自身を支えてきたのだという認識だったと思う。

けれども、21世紀に入ってから、広告が直面することになった変化は、そのような広告の歴史の文脈の上にはなかったものだ。

言ってみれば、私たちは広告というゲームのプレイヤーであったのだが、気がつくと、そのゲームそのものが変わっていたということだ。

ラグビーというゲームがある。ラグビーは、イギリスの高校でサッカーのゲーム中に手を使って、ボールを持って走ってしまった少年がいたことから生まれたと言われている。

サッカーというゲームでは、手を使うことは重大なルール違反である。興味深いのは、そのルール違反が、本質的に異なるゲームを生み出したということだ。ラグビーというゲームには、それから派生したアメリカン・フットボールとともに、他の全てのボール・ゲームと異なるところがある。他のボール・ゲームでは、ボールがゴール・ラインを越えれば、それで得点できるのに対し、ラグビーとその兄弟は、プレイヤーがボールを持って、ゴール・ラインを越えなければ得点できないということだ。それは、手を使うというサッカーにおけるルール違反が、本質的に異なる新たなルールを生み出したということでもある。

もう一つ付け加えておきたいのは、この新たなルールを生み出す原因は、既にサッカー自身のルールの中に存在していたということだ。つまり、手を使い、ボールを持ったまま移動することが許されているゴール・キーパーという例外の存在である。それは、ルール自身がルールを破壊する要素を抱えていることを示している。

そして私たちは、そのルールが破壊される瞬間に立ち会った高校生のプレイヤーたちのように、戸惑っているように思う。新しいルールのゲームに参加するのか、それとも慣れ親しんだルールに従うべきなのか。

ゲームはどう変化したのか

前提として語っておきたい話がある。私たち、クリエイティブと呼ばれる人間たちの多くは、周囲の環境がどのように変化しても、良いアイデアを生み出すことができれば、その変化を乗り越えることができるという信念、信仰というべきかもしれないが、そういった物をもっている、ということだ。最近では、アイデアというよりも、クリエイティビティと言い換えることが増えてきたが、要は、自分たちのやるべきことは変わらないということを信じているわけだ。

2013年のカンヌ・ライオンズのフィルム部門審査委員長であったジョン・ヘガティ卿が、通常のテレビCMもWEBムービーも、その形がどうであれ、そしてメディアがどのようなものであれ、クリエイティビティで評価すべきだとしたのは、その信念の現れだと思う。審査員の一人であった私は、その揺るぎない態度に感心したのだが、同時にそれで本当に良いのか、という疑問を持った。その評価基準で判断できないものは、すべて切り捨てられてしまうからだ。

あと70%

この記事は有料会員限定です。購読お申込みで続きをお読みいただけます。

お得なセットプランへの申込みはこちら

企業コミュニケーションの理想像 の記事一覧

「資生堂らしさ」はどこへ行く?
オンライン家計簿「Zaim」に見る、ユーザーとサービスの関係
リコー「THETA」で新機軸、映像体験を通じて消費者と共進化
増える単身世帯、マーケティングへの影響とは?
僕らは「何をすべきか」 時代の文脈に沿うビジョンを
テレビCMへのクレーム多発!広告表現の危機を考える
映画監督・大友啓史さん「意志、願い、覚悟――未来に映像が担うもの」
最大のコミュニケーションは常に「最深」から
トヨタが「TOYOTOWN」というフレームを生み出した理由
加速する「共創」時代、クリエイターへのガイド
つながりっぱなしの世界
企業の「データ分析」に対する誤解とは?
これから起きること。これから起こさねばならないこと。
宣伝担当者は、企業の「センターマン」であれ。
人は「買う」だけの生き物?
新しい買い物体験を作る、セブン&アイのオムニチャネル戦略とは?
広告の「枠組み」を壊す存在は(この記事です)

おすすめの連載

特集・連載一覧をみる
宣伝会議Topへ戻る

無料で読める「本日の記事」を
メールでお届けします。

メールマガジンに登録する