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『爪と目』作家・藤野可織さん「文字としての姿かたち、音感も大切にタイトルつける。」

藤野可織

自身4作目の小説『爪と目』で第149回芥川賞を受賞した藤野さん。美学・芸術学を学んだ経験もあり、内容はもちろん、姿かたちにもこだわった本づくりを大切にしている。

学生時代は美学・芸術学を専攻していました。美学の中でも、当時は特に写真に興味があり、修士論文は木村伊兵衛の写真集『Four Japanese Painters』を題材に、世界に向けて日本画をどのように宣伝したかということについて書きました。周りでも、宣伝・広告を研究対象としている人は多かったように思います。文章を書くことに苦手意識はなく、それまでは苦労したことも苦痛に感じたこともなかったのですが、これでもう修了して就職しなきゃと思ったら、修士論文を書くのがあまりにも辛くて。現実逃避のために始めたのが、小説を書くことだったんです。

小さい頃から、「将来はお話を書く人になる」という漠然とした思い込みのようなものがありました。「私、将来結婚すんねん」と言うのと同じくらい、自然なことのように思っていましたね。学生時代は美術館の学芸員を目指していたのですが、狭き門をくぐりぬけることができず...。そんなふうに自身の力不足のせいで、自分がやりたいことがなかなか実現できずにいたなか、「そういえば、お話を書く人になっていない」と気づいて。そうして作家になることをはっきりと志すようになったのは、23歳になった頃のことでした。大学院卒業後に入社した会社を半年で辞め、出版社で事務アルバイトをしながら新人賞に応募するようになり、3年後の2006年、文學界新人賞を受賞することができました。受賞前も受賞後も、特定の層や人に向けて作品を書こうという意識はないのですが、「少なくとも、編集者さんが待ってくれてはんねんな」と思えるのは、ありがたいことだと感じたのを覚えています。

情報を記録するという意識

今年7月に芥川賞をいただいた『爪と目』の印象が強いからか、"怖い"話を書く作家というイメージを持つ方もいらっしゃると思うのですが、「ホラーを書こう」「ホラーを書きたい」と思ったことはありません。実際、『爪と目』の後に書いた『おはなしして子ちゃん』という短編集はすごくかわいらしい装丁なのに、やっぱり怖いという評判をいくつもいただいています(笑)。私としてはジャンルやトーンにこだわりはないつもりなんですが...。

人間の嫌な部分やおどろおどろしい部分、酷い出来事というのは、事実としてそこに存在するものですし、誰もが持っているものです。良い・悪いという評価を下すではなく、そこにあるものとして、これからも書いていきたいと思っています。いろいろな作家さんがいらっしゃると思いますが、私の場合は、作品を通して伝えたいこと・主張したいことというのは特になく、「情報を記録する」という意識で小説を書いているんです。目の前で起こっていることを、ただ単に記録している。もちろん私の小説は、みんな完全にフィクションなのですが。『爪と目』の登場人物たちを通して描いている、女の狡さや人間の狂気のようなものも、取り立ててそれにフォーカスしようとしているわけではなく、誰もが持っている性質で、ただそこにあるものとして記録しているだけなんです。

小説を書くために特別に行っていることも一切ありません。私、いわゆる引きこもりで、普段はほとんど家の外に出ないんです。だから、どこかに取材に行ったり、街ゆく人々を観察したりということはないのですが、日常の中で思いついたことや、「これは使える!」と思ったこと、重要だなと思ったことは1冊のノートに書き留めるようにしています。確かにそこに書かれている内容を見ると、私が重要なものと分類している物事・知識には、はたから見ると"怖い"と思われがちなものが多いかもしれません...(笑)。

文章の書き方については、できる限り個性の表れない、簡潔な文章を心がけています。あと、重視しているのが時制と人称。どういう時間的立ち位置から書くか。どんな順番で情報を出すか。どの人称の視点から書くか――ここが一番苦労するというか、何度もやり直すところですね。それさえ決まれば、わりとすぐに書き上げられるんです。書きたいことの"塊"はある程度決まっていて、その出し方・見せ方をいろいろと組み合わせながら考えています。特定の型にはこだわらず、作品ごとに最もふさわしいやり方を選びたいので、いろいろな型を身に付けたいと思っています。そのためには、やはり本を読むことが必要です。読むスピードが速くないので、大した量ではありませんが、今でも読書は欠かしません。最近読んだものの中で面白かったのは、ジュノ・ディアスの短編集『こうしてお前は彼女にフラれる』(新潮クレスト・ブックス)。外国人作家の作品をよく読みます。でも、それも特にこだわっているわけではなく、たとえばラブコメも好き。元気がなくなった時、つまり小説が書けなくなった時に、読み返したりしています。

「作品を通じて主張・提言したいことがあるわけではない。目の前で起こっていることを、ただ単に記録している、という意識で小説を書いているんです」(藤野さん)。

物質として美しい本がいい

「物質としての『本』」の美しさを大切にしている藤野さん。表紙のビジュアルや挿画については、基本的には編集者やデザイナーに一任するが、自分の意見・要望も伝えるようにしているという。『爪と目』は、藤野さんが好きな画家・町田久美さんのイラストが表紙に採用された。

本を読むことももちろん好きですが、私は「本」という物質そのものも好きなんです。内容は読んでみないと分かりませんが、その前に、まず物質としてキレイであってほしいと思っています。その本自体が物質として美しければ、万が一、内容がイマイチだった場合も、それはそれで納得できるような気がして。「この本キレイやし、仕方ないか」って...(笑)。

ですから、自分の本もキレイであってほしいです。ただし、デザインの勉強をしてきたわけではないし、知識もありませんので、基本的にはプロの方に全面的にお任せします。表紙のイラストや挿画については、消極的には私の意見・要望をお伝えするようにしていますが。「この画家が大好きで、この方の作品を表紙に使えたら、いちファンとして嬉しい」という具合です。意見を言っておきたいだけで、それは通っても通らなくても良いんです。単に、自分の本なので、個人的に好きなイラストレーターや写真家の作品が使えたら、ミーハー心が満たされるという...。「この小説だったら、あの人の作品が合うんじゃないか」などと自画自賛しながら、あれこれ想像して楽しんでいます。画家の町田久美さんの作品が大好きで、そのことを担当編集者の方に伝えていたら、『爪と目』で本当に使ってもらえて嬉しかったですね。逆に、『おはなしして子ちゃん』では、私が何人か候補を挙げていたイラストレーターさんではなくて、装丁家の名久井直子さんが提案してくださった方の作品が採用されました。本当に素敵な装画を描いてくださって、いまや私はそのイラストレーターさんの大ファンです。

このように、ビジュアルはプロの方のお力に頼って感激ばかりしていますが、タイトルは私の領分ですのでこだわっています。短編など、最初からタイトルが決まっている場合も時にはありますが、多くの場合は6~7割ほど書いた時点で仮のタイトルを決めます。書き終えてあらためて再考することもあれば、意外と仮のタイトルをそのまま使うことも多いです。作品全体を一言で説明するようなタイトル、あるいは、その小説のひとつの「解答」になるようなタイトルを、できる限りシンプルな言葉でつけようと心がけています。印象的であってほしいので、文字にして書いてみた時の姿かたちや、音感も大切にしています。考えて、書いてみて、口に出してみて、しっくりきたものを選びます。こんな感じが良いというのを、言葉で説明するのは難しいのですが...。『爪と目』は、「爪と目」か「目と爪」か迷ったのですが、最終的には、口に出したとの響きの面白さで前者に決めました。

本は、書く時も、読む時も孤独です。私は孤独であることを良しとするタイプなのですが、今はSNSの普及なども背景に、孤独な時間がどんどん減っているという話を聞きます。私も引きこもり生活が寂しくなると、誰かと話がしたくてツイッターに手を延ばすことがあります(笑)。それでも、孤独な時間、孤独な感覚が完全になくなるということはないですよね。誰かと一緒にいても、孤独を感じることだってあります。そういう孤独に寄り添ってくれるのが、ほかのコンテンツにはない、本の良さなのではないかと思っています。たとえ今読んでいなくても、本を読んできたという経験は、あらゆる局面で自分を助けてくれます。私自身、本に救われながら生きてきたと感じているんです。映画や漫画、美術館など、本以外にも面白いコンテンツは世の中にたくさんありますが、そんな他にない魅力を持つ「本」という存在に、もっと頼ってみてほしいですね。

作家 藤野可織さん(ふじの・かおり)

1980年京都府生まれ。同志社大学文学部卒業、同大学院美学および芸術学専攻博士課程前期修了。2006年『いやしい鳥』で第103回文學界新人賞受賞、2009年『いけにえ』で第141回芥川賞候補、2012年『パトロネ』で第34回野間文芸新人賞候補、2013年『爪と目』で第149回芥川賞受賞。

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