いま、アジアの広告・コミュニケーションが面白い。私たちが思いつかないような“驚き”も、そこにあるのではないか。スパイクスアジア2013開催中、現地に飛んだ石井うさぎ氏に、アジア地域の広告の“今”をレポートしてもらった。
本稿の執筆依頼を受けたのは、2020年の夏季オリンピック開催都市が決まろうとしていた時のことだった。国際オリンピック委員会総会でのスピーチ映像が流れ、こそばゆい気もしなくもないが、ふと「夢をえがく力」について考えてみたくなった。数日後に、そのテーマを胸にスパイクスアジア(正式名称:Spikes Asia Festival of Creativity)が開催されるシンガポールに向けて飛び立つこととなった。
まずは、「スパイクスアジア」について簡単に説明しよう。今年、9月15日から17日までシンガポールで開催されたこのイベントは、そもそも2009年より「アジア太平洋地域の広告分野における創造性を讃え、アイデアと人的交流のフラットフォームを提供する」ことを目的とし、カンヌ・ライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルなどの組織によって運営されている。
今年は28カ国から1800人を超える参加者が集い、4832もの応募作品から選ばれた全16部門を彩る優秀作品を見たり、最新トレンドをさまざまな角度から捉えるセミナーなどを楽しみながら、ネットワーキングに花を咲かせた。
広告づくりの根幹を成す「ストーリーテリング」
(1)Volkswagen「People's Car Project」
さて、夢をえがく力を考えるための、最初のスパーリングパートナーとなってくれたのは2010年に上海でGoodstein社を設立し、クリエイティブ・ディレクターとして活躍しているゲオルグ(Georg Warga)だ。ちなみに、このGoodsteinとはお祖父さまの名前なんだとか。
彼は「中国の人が、ドリームカーの頂点ともいえるクルマを作り上げる」という、大きなサプライズを内包したストーリーとその仕組みをデザインした人物だ。そのキャンペーンは、彼が会期中のセミナーでも紹介していた、Volkswagenの「People's Car Project」、まさに「人民のクルマ」というキャンペーンである(1) 。詳しくはPeople's Car Project:Hover Car(vimeo.com/66549213)を。
「自分にとっての夢のクルマ」を中国全土から募集し、最終的に選ばれた一台がVolkswagenのコンセプトカーとして発表されるのだが、不特定多数の人を巻き込み、業務委託することから「クラウド・ソーシング」と呼ばれる手法を初めて用いたマーケティングキャンペーンとして以前から話題になっていた。
中国の人の夢の頂点を現実化することは彼の夢でもあった。彼はブランデッド・コンテンツを通じ、売上を明確に向上させる戦略を構築する「エンタテインメント・エンジン」でありたいと常に考えているが、キャンペーン実現までの道のりは、決して平坦ではなかったという。1年半かけて独自の調査を行い、戦略立案を自主的にプレゼンし続け、得意先を説得。その後、競合案件になるも勝利し、さらにプロジェクトの可能性を広げるようなシナリオづくりを行った。
結果、このキャンペーンによってVolkswagenブランドのクルマの購入意向は262%増となったという。一緒に夢を語り合った人(=ブランド)との間には強い絆が生まれるものだ。ゲオルグに聞いてみると、キャンペーン全体が実に丁寧に考えられていて、シナリオ構築がうまい。13億人にとっての大きな夢を選び出すというストーリーを軸に、たとえば途中で選抜者たちによるプレゼンテーションを番組化して今の中国人が持つ「時代に対する視点」をあぶり出してみたり、最後に二校の美術大学にクレイモデリング競争をさせることで、「緊張」という新たなプロットをストーリーに与えたり、と工夫がなされている。ゲオルグは「鍵はブランドが描くベきストーリーのシナリオが、いかに生活者のリアルな購買行動と密接に結びついているかだ」と言う。
確かに、これまでの広告の主たるストーリーは「私、新発売のこういうものです」といった“自己紹介”や「今買うともれなくオマケがついてくる!」という“期間限定話”だったりと、瞬間芸を競ってきた感が強い。しかし、ゲオルグの言うシナリオづくりは夢の種まきから始め、さまざまなプロットを肥料や水を与えることで大きく育て、国内外メディアをも巻き込む形で最後に大きく花開かせた。サプライズは息が長いシナリオづくりから生まれるのだ。
「主人公化」という自分ごと化
(2)SingTe「l Hawker Heros」
今の時代、生活者がブランドストーリーの主人公になるための手段はぐっと増え、その精度も増している。当然、使わない手はないし、また逆に使わないと「一時間に27回メディアプラットフォームをスイッチする(OMG調べ)」若者の心は捉えづらいのだ。
ここでSingTelというシンガポールを拠点とする大手通信会社が実施した、市場認知率95%という驚異的なキャンペーンを紹介しよう。メディア部門とブランデッド・コンテンツ&エンターテイメント部門でシルバー・スパイクスに輝いた作品だ。
「Hawker Heros」というこのキャンペーン(2)は、実にローカル色溢れ、地元愛の象徴でもありながら、最近忘れられつつある、Hawkerと呼ばれる「シンガポール屋台」に光を当てたものだ。Hawkerのトップ3のオヤジやオカンを選出し、そしてミシュランの星を合計7つ持つシェフ、ゴードン・ラムゼイと調理対決するところまでもっていくというもの。実現に向けてのあらゆる局面を左右するのは、ソーシャルネットワークなどで集められる一般市民の投票だ。天才シェフという、わかりやすい巨大仮想敵に対し、自らが立ち上がることで、単なる味比べが国をあげた戦いと化し、真の国の英雄が生まれるのだ。斜に構えることなく、夢に向かって実に一直線だ。
まあ、対決メニューがチリクラブ(シンガポール名物の蟹料理)、ラクサ(ココナッツ風味のシンガポールの名物麺料理)、チキンライス(シンガポールと言えば!)という有名地元メニューであることはおいておくとしても、あのゴードンを相手にHeroたちが二勝一敗。ラクサ・オヤジとチキン・オカンが勝利したのだ。
結果、一般の人による話題化や投票のためにSingTelの通信サービスを利用してもらうだけでなく、「日々のコモディティーとも言える通信サービスを提供するだけの会社」といった企業イメージを「毎日の生活に活力を与えてくれるブランド」に変えることに大きく貢献したという。
生活者を主人公という名の椅子に座らせ、一瞬、一瞬の絆を積み上げていく。いかに老舗ブランドとはいえ、今の時代、ソーシャルに対して足腰を鍛える必要があるのだ。ちなみにこれまで、生活者とブランドとのメディア上の接点は「タッチ・ポイント」などと呼ばれてきたが、今回、あるセミナーでは、ソーシャルな要素を取り込み、感情が動き行動へと駆り立てる「パッション・ポイント」と呼んでいた。