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地域の注目企業の広告戦略

口コミで広がった博多銘菓「めんべい」、テレビCMで一気にブレイクの理由

山口油屋福太郎(福岡市)

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めんべい
「プレーン」「辛口」「ねぎ」あさりと江戸前海苔の「東京スカイツリー」「たまねぎ」「マヨネーズ」の6種類。今秋さらに新商品を発売予定。

博多土産の新定番を確立

辛子明太子風味のせんべい「めんべい」は、山口油屋福太郎が発売したヒット商品。コクと旨味のつまった濃厚な味で、手頃な価格と持ち帰りやすさが顧客の心を捉え、博多土産の新定番としての地位を築いた。

同社は1909年に福岡市で食用油製造業山口油屋として創業、105周年を迎える老舗である。73年、福太郎の屋号で「味のめんたい福太郎」を製造・発売。75年から外食業務関連資材を扱う総合食品問屋へと業務拡大し、84年に現在の社名に変更した。

山陽新幹線が75年に博多駅まで開通すると、辛子明太子は博多土産として全国的に人気を呼んだ。ただ、生ものであるため、持ち帰る際の鮮度保持に気を遣う。その上、減塩志向の影響から明太子の塩度が下がり、食べやすくなった反面、日持ちしなくなった。遠方の客には敬遠されてしまう。

そこで、山口勝子専務取締役は「賞味期限が長く、常温で持ち運べる博多の新名物」の開発に取り組む。土産の王道といえばお菓子。なかでもせんべいは常温保存で賞味期限も長い。ならばと着想したのが明太子入りせんべいだった。製造設備がなかったため知人の工場に掛け合い、明太子とたこ、イカの具を入れた商品を試作してもらったが、いずれも期待した味にならなかった。その後、辛子でアクセントをつけた甘ダレをかけたり、調合を少しずつ変えたり試行錯誤を重ね、ようやく納得する味にたどり着いた。ただ、具を練り込んだせんべいは割れやすく、製造過程で約25%が割れてしまった。割れないように調合を変えると味が落ちる。山口氏は味を優先し“割れてもいい”せんべいとして販売することを決め、「めんべい」が誕生した。

鮮魚売場で販売し販路開拓

めんべいを発売した2001年、辛子明太子の売上は全盛期。明太子の営業で忙しい営業マンは、売れるかどうかも分からない新商品には見向きもしなかった。そのため、山口氏自ら、販売の陣頭指揮を執った。戦略のねらいは“費用をかけずに認知拡大・販路開拓する”こと。その手はじめとして、全国紙と雑誌の編集長500人に、サンプル2箱と開発秘話をしたためた手紙を送った。商品の良さが伝われば取り上げてもらえるかもしれない。そういう期待があった。すると、いくつかの媒体に取り上げられ、全国各地から注文が寄せられた。ブログなど口コミでも広がり、順調に売上を伸ばすことができた。

地元の大手スーパーには菓子売場ではなく鮮魚売場で販売してほしいと訴えた。多くのせんべいが並ぶ菓子売場では目立たないと考えたからである。こちらも「酒の肴に丁度いい」と飛ぶように売れ、その噂を聞きつけた流通業者からも引き合いがくるようになった。

テレビで取り上げられ売上3倍

これまで宣伝費をほとんど掛けずに知名度を上げてきた「めんべい」。テレビCMの制作を持ちかけられたこともあるが、好調な売れ行きもあって「必要ない」と断り続けた。その考えが180度変わったのは、2011年の春。TBSの情報番組「がっちりマンデー!!」で、視聴者推薦のご当地菓子として紹介されたのがきっかけだった。その反響には驚いた。放送直後から問い合わせの電話は鳴り止まず、博多駅や福岡空港の売店ではケース買いする人まで現れた。結果、例年の3倍の水準で売れ続け、生産が追いつかず、観光客や帰省客が多く訪れるお盆の2日間、品切れ状態が続くことになる。

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