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広告・メディア界の礎を築いた人々

歌番組、クイズ番組を成功企画に導いた名司会者 高橋圭三・宮田輝

岡田芳郎

インターネット、ケータイなど多様なコミュニケーション手段が普及し、テレビ離れが叫ばれるようになって久しい。しかし、テレビが今日も日本において最強・最大のマスメディアであることはまぎれもない事実だ。日本でテレビ放送が開始されたのは1953(昭和28)年。60周年を迎える2013(平成25)年の今、テレビメディアの草創期に活躍、現在の姿を築き上げた先人の志と業績をたどることに、テレビ、そしてマスメディアのこれからを考えるヒントがあるのではないか。立ち戻るべき原点と、新たな可能性を探る。

『紅白歌合戦』のサプライズ演出を考案

高橋圭三と宮田輝は昭和の名司会者として一世を風靡したこの時代の代表的アナウンサーでNHKの同期生である。高橋圭三(1918(大正7)年9月9日~2002(平成14)年4月11日)は、テレビが生んだ最初のヒット番組NHKの『ジェスチャー』(1953(昭和28)年2月放送開始)と戦後最大の人気番組といわれた『私の秘密』の司会者をつとめ、巧みな話術と穏やかな笑顔で日本中の家族に好感を持たれる名アナウンサーとなった。『ジェスチャー』は、柳家金語楼、水の江滝子の両キャプテンのもとに男女に分かれてスターたちが競う家庭ゲーム番組だ。それまでのテレビ番組は劇映画、歌舞伎、新派、寄席など従来の劇芸術の放送かスポーツ中継か、どちらかに頼っていた。そんな中、テレビならではの企画として成功したのが『ジェスチャー』だった。

高橋圭三は、初代司会者である青木一雄が、頻繁に地方出張に行き多忙を極めたため、急遽2代目司会者として起用された。戦後大病をして2年間休んでいた彼にとってようやく腕が発揮できる大舞台を得たのである。

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