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「宣伝会議」創刊60周年企画

「想いが伝わる企業コミュニケーション」

ヤマトホールディングス・瀬戸 薫 代表取締役会長  

消費者が企業を選ぶ際、その社会に対する理念や志まで見られる時代になっています。さらに掲げた理念が実際に浸透し、実践され、その企業との接点で体感できて初めて、志を基盤にした企業ブランディングが実現します。しかしその実現のためには社員一人ひとりが企業理念を理解し、また時代が変わっても、そのDNAを継承し続けていくことが必要となりますが、言葉の受け取られ方は人それぞれ。さらに企業を取り巻く環境も時代により大きく変わります。想いは変わらずとも、その想いの伝え方、コミュニケーションの方法には常に工夫と進化が必要。今回は宅急便の生みの親である小倉昌男氏の理念、企業のDNAを継承し、「サービス第一」、「ヤマトは我なり」の全員経営の理念を実践し続けるヤマトホールディングスの瀬戸会長に、マーケティング研究者であり経営者でもある新井将能氏がインタビュアーとなって「想いが伝わるコミュニケーション」について話を聞きました。

具体的な事象をもとに社訓の理解を深める

―私は小倉昌男さんの志を引き継ぎ、企業理念を徹底し続けるヤマトさんに大きな関心を寄せています。創業の想いをどのように受け継ぎ、そして社内で伝えているのでしょうか。

直接、小倉の薫陶を受けた社員も少なくなってきました。そのなかで創業の理念、会社のDNAを次世代に継承 していくのは、私の重要な役割と考えています。当社が継承すべきDNAとは「世のため、人のため」という志、そして「サービスが先、利益はあと(いいサービスを提供できれば利益は後からついてくる)」という企業理念です。

ヤマトの従業員数は約18万人。全員がこの理念を理解し、日々の行動でお客様を最優先に考えて自発的、自立的に行動できることが理想です。そのためには「教育」とは少し違って、とにかく経営トップが現場に向かって直接話すことが大切だと考えています。小倉も現場の社員に対し、いつも 「サービスが第一なんだ」と繰り返し語りかけていました。企業の規模が大きくなると、現場と経営層の間にマネジメント層が入り、とかく伝言ゲームで意思の疎通が図れない状況が生まれがちです。ですから経営トップも現場も同じ気持ちでお客様、そして社会に向き合えるよう、常に現場に対して直接語りかけることを重視してきました。

―企業を取り巻く環境や企業の成長段階が変わると、創業の精神を貫き続けるのが難しくなったりしませんか。

小倉はよく、企業には絶対目標と相体目標があると話していました。

相体目標は時代の変化の中で変わっても仕方がないものだけれど、絶対目標は時代が変わっても絶対に守り続けなければならない。そして当社の場合、それが理念である安全、そしてサービス第一である、と。

ですから当社では例えば経営3カ年計画を作成する際にも、この「サービス第一」の考え方を基本にしています。具体的には「ダントツ3カ年計画」は過去3回やりましたが、何がダントツかといったら「サービスがダントツ」なんです。私が社長の時代に「満足創造3カ年計画」を実施しましたが、これもお客様、そして社会の満足を創造しようという目標ですべては社訓の実践につながっていました。社訓を日々唱和するだけでなく、常に社訓が経営の目標としてある環境をつくることが大切ですし、最終的に社訓を徹底して実践することで業績があがると、皆も納得してくれます。

―同じ"ことば"でも、その解釈は社員個々人に委ねられてしまうのではないでしょうか。

はい。そこで小倉もそうでしたが私も具体的な事象を出して、サービス第一の実践がどのようなことかを説明するようにしてきました。たとえば「なぜ、セールスドライバーのマニュアルを作らないのか」といった具体例をあげて、現場で社訓を実践するとはどういうことかが伝わるようにしています。

またマネジャー層に対しては、会議の場での判断を通じて社訓の徹底が意識づけられてきたと思います。よく小倉は会議の場で、お客様のためにはなるけれど利益がでない、赤字になるような出来事が議題になった際「君だったら、どうする?この件を進めるべきか否か」と判断を確認していました。どんな場面でもサービス第一、お客様最優先の判断をすべき、というのが小倉の理念ですが、そうした自ら考える場を経験する中で、一人ひとりの社員が社訓を実践するとはどういうことかを体得していくのだと思います。

―一方的に話すだけでなく、時に現場での社員の行動や判断を確認することで、想いが本当に伝わっているのかを確認し続けているのですね。さらにヤマトさんでは、例えば配達員ではなくセールスドライバーという言葉を使うなど、理念が伝わるよう言葉や表現を選んでいるように感じます。

そうですね。現場と同じ立場でお客様と接していたいと考えていますので、現場に語りかかける際、上から目線の言葉は使わないようにしています。ですから私は「労務管理」という言葉も使いません。

小倉はよく「ダウンサイジング」が大事だと言っていましたが、小倉の言うダウンサイジングとは現場に権限を持たせて、裁量を持ってお客様のためになる行動をするということ。結局、サービス第一を実践する上では「全員経営」の姿勢で、一人ひとりの社員が自立的、自発的に判断、行動できることが大切ですし、だからこそトップが現場の社員に対し、上から目線になる言葉は使わないようにしているのです。

―一人ひとりが1秒の無駄を削減すると、10億円のコスト削減になる、「1秒10億円」の話も、数字を出してわかりやすく伝わる表現だと思いました。

当社の場合、生産性を高める手段は無駄とりだけ。でも「無駄をなくそう!」と言うだけでは、その重要性が伝わりませんし、具体的にそこに向けて動こうというモチベーションにもつながりづらい。そこを「1秒10億」と具体的数字を出すと、理解も進むと思います。とはいえ、経営者には辛抱強さも必要だな、と。現場に浸透するまで、何度でも同じことを語りかけ続けることも大切と考えています。

―人事評価制度へのこだわりにも企業の姿勢が表れていると感じます。

人事評価制度は小倉の最後の仕事と言ってよいと思います。相談役になったのち、会長に戻ったのですが、そこで最初にしたのが人事制度改革。やり残した仕事と考えていたのだと思います。全国各地で現場の社員と対話を続け、最終的に倫理観と協調性が企業の想いを実現するために当社の社員に必要な資質と考え、「衆目の一致するところ」を評価しようと。お客様へのサービスが得意ならセールスドライバーを続けるし、たまたまマネジメント能力がある人は社長になるかもしれないけれど、社長もセールスドライバーも皆一律に倫理観と協調性で評する、ということになりました。

―人事制度も想いを伝え続けるためには重要な仕組みということですね。企業としての志を継承し、かつその実践においては一人ひとりの自主性、裁量を認める。サービス第一、全員経営が人事制度含め、社内のあらゆる場面に浸透しているからこそ、企業としてのDNAが継承されているのだと感じました。本日はありがとうございました。

瀬戸薫(せと・かおる)氏

1970年、中央大学法学部卒業後、大和運輸(現ヤマトHD)入社。宅急便開発プロジェクトチーム、「クール宅急便」開発リダを経て2006年ヤマトHD代表取締役社長に就任。2011年より現職。

インタビュアー : 新井将能(あらい・まさよし)氏

栃木トヨタ自動車、トヨタレンタリース栃木などの代表を務める一方で、早稲田大学商学研究科博士後期課程に在籍し、神奈川大学経済学部の非常勤講師を務める。専攻はマーケティング。

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