【あらすじ】
2年前、東京のトーミョー食品本社から宇都宮の工場へ異動した総務部課長の森川遼。ある朝、部下の川瀬雄太から信じられない連絡が入る。それは、工場の製造棟で爆発が起きたというものだった。総務部長の丹後圭司らは対策本部を設置する。しかし、かつて作成された危機対応マニュアルを活かす者はいなかった。

平時につくられたマニュアル
「さむっ」部屋の中が冷え切っていた。テレビをつけると、ちょうど全国の天気が流れている。気象予報士によれば全国的に今季一番の寒さだという。「今朝の気温は……-8度か」森川遼は思わず背中を丸めた。
冬は山からの風が強く吹き続けるこの地に来て2年、春がどんどん待ち遠しくなる。本社の製造部にいた頃は、会議、検討会の日々だったが、今よりは生き生きとしていた。
地方工場の総務部課長という異動辞令が出たとき、当時の部長から「3年現場を見てこい」と言われ、内心とは真逆の笑顔で応えた。東京から新幹線で1時間とはいえ、都会育ちの森川にとって定時出勤・退社で賑やかな繁華街などない“田舎”の工場勤務は退屈だった。
「はあ、今日も暇なんだろうな」ため息が漏れる。「ここ1週間は全国的に空気の乾燥した毎日が続きますので、火のもとには十分気をつけてください」テレビでは気象予報士が注意を促していた。
ワンルームマンションの駐輪場から自転車で出勤する。工場まではゆっくり走っても10分足らずだった。「さあ、今日も退屈な時間を耐えるぞー」意味のない気合を自分に注入する。5分もしないうちに工場の建屋が目に入ってくる。
仕事がまったくないわけではない。総務部課長としての役割は理解しているし、もちろんやることはあった。だが、どうしても本社での仕事と比較してしまう。ネガティブなことばかり考えながらペダルを漕いでいると、スマートフォンが着信を告げた。こんな朝から誰だよと思いつつ、自転車を停めてスマホを取り出すと、“総務部”と表示されている。
「いまどこですか?」慌てた口調で部下の川瀬雄太が聞いてくる。声が上擦っている。「もうすぐ着くけど。どうかしたか?」「製造A棟から出火しました!音がしたので爆発かもしれません!」爆発?言葉の意味を一瞬理解できなかった。「えっ!爆発って……爆発?」「そうです!爆発です!」自転車に乗っていたがそんな音は聞こえなかった。
「もう着くけど、音は聞こえなかったぞ」「地下の洗浄施設みたいです」「すぐ行く!」電話を切ると森川は全力でペダルを漕いだ。正門に近づいたとき、敷地奥からわずかに…