企業の不祥事や事故における記者会見。その対応の適否が、企業の信頼回復と存続を左右する。本稿では、工場での爆発事故を例に、初動対応から事後フォローまでの一連のプロセスをフィクションの事例をあげながら解説。現場と本社広報部の連携による実践的な対応策を紹介する。
① 初動対応
あらすじ
冬の日の朝、北関東地方にある食品メーカーの工場から、火の手があがった。工場は朝6時から夜11時まで稼働しており、この日も通常どおりの稼働を始めていた。製造棟はA棟、B棟の2棟があり今日も6時から2棟とも製造が開始されていた。倉庫には3日前に製造した商品が出荷を待っていた。北は青森、西は大阪まで毎日トラックで配送されている。トラックがひっきりなしに構内を行きかっている。8時すぎになって、製造A棟から「なんとなく焦げくさい臭いがする」と事務棟にいた製造部の担当者に連絡があった。(製造ラインの)ベルトがすり減っているんだろうぐらいの会話になり、「一旦、止めて点検しましょうか」と製造A棟の担当者が提案したが、受注数量が増加しておりラインを止めると製造数量に影響するため「とりあえず様子みながらにして」とラインを止めなかった。その数分後、「ドンッ!」という音。製造A棟で爆発が起きた…。
STORY
「必要な情報の共有を迅速に!」
テレビの気象情報では今季一番の寒さだという。今朝の気温はマイナス3度だった。北関東の冬は山からの風が強く吹き続ける。春が待ち遠しくなる。工場勤務になって2年、代り映えのしない毎日に飽きてきていた。本社の製造部にいた頃は、会議、検討会ばかりの日々だったが、それでも今の自分よりは生き生きとしていたのではないだろうか。総務部課長の異動命令が出たとき、「まあ、現場を3年見てこい」と当時の部長から言われて内心とは真逆の笑顔で応えた。「はあ、今日も暇なんだろうな」思わずため息が漏れる。手に持っていたスマホが着信を告げるように振動する。「今どこですか?」慌てた口調で部下の若い社員が聞いてくる。「もうすぐ工場に着くけど。どうかしたか?」「製造A棟から出火しました!音がしたので爆発かもしれません!」「えっ!!」森川省吾はとっさに走り出した。
真っ青な空に黒い煙が立ち上っているのが見えた。工場には煙突などない。すぐに何かの異常が起きていることが分かる。守衛室には誰もいなかった。現場に駆けつけているのかもしれない。製造棟から作業服を着た従業員たちが走って外に出てくる。「大丈夫か?」「爆発だ!」マジか…頭の中が真っ白になる。「中に残っている人たちがまだいるかもしれない」「分かった。まずは安全な場所に避難を」分かったとは言ったものの、何が分かったのか自分で理解しないまま言葉が出る。言い終えると事務棟に走った。
「あ、課長。製造A棟で爆発です。火も出ていて今、現場の人たちが消火しています」「消防には連絡したか?」「さっきしました。もうすぐ到着すると思います」「警察には?」「あ、していません」「分かった、俺がする」スマホから地元警察にすぐ連絡を入れる。「キタカン食品です。製造棟で爆発、火災が発生しています。消防には連絡済です。至急応援をお願いします」スマホの向こうで「了解」と応答があった。しばらくすると総務部長の丹後圭司も出社してきた。「状況はどうだ?」出社途中の丹後とは携帯電話で情報共有を図っていた。
数分後、消防車が到着し消火活動を始めた。火災が発生している製造A棟と事務棟は直線距離で150メートルほど離れており、幸いにも事務棟にいる従業員に避難の指示は出なかった。「対策本部を至急設置する」丹後が事務棟の社員に呼び掛ける。「関係社員は会議室に集まってくれ!」工場には危機対応マニュアルがあった。必要に迫られたときには対策本部を設置し、関係社員は何をおいても集まることになっていた。森川が連絡を受けてから事務棟の会議室に対策本部が設置されるまで25分が経過していた。すでに消防隊員による消火活動が開始されている。工場長と製造部の副工場長は、消火現場手前で消火活動を行っている責任者に工場施設の説明を行っていた。
消火活動を行う上で火災現場にはどんな設備があるのか、危険物などの取り扱いはないのか、現場にいた従業員は何人か、必要な情報はすべて共有しないと二次災害を発生させてしまう危険性がある。生身の身体で被害を食い止めることが仕事だからこそ必要な作業だった。情報は、設置したばかりの対策本部が工場長と副工場長に逐一連絡を入れることで共有することにした。「本社には連絡したか?」「まだです」「誰かすぐしろ!」
対応ポイント
広報の責任者と危機管理担当者が中心になり、行動を開始。重要なのは、何が起きたのか、正確に把握することだ。
*この時、「これは関係ない情報だから」と無視することが1つでもあってはならない
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