【あらすじ】
ホテルシーサイドマリーナ木更津での爆発は、パワーハラスメントが原因で自殺した女性従業員の兄によるものだったことが判明。加害側であるホテルへの風当たりは厳しくなり、記者たちが詰めかける。社長は雲隠れし、連絡が取れない中、一丸となって対応する従業員の姿に、広報課長の名城亮介は、ある決断をする。
被害者に約束してください
〝一昨日、千葉県木更津市のホテルで発生した爆発は、職場でパワーハラスメントを受けた末、2年前に亡くなった女性従業員の兄による犯行だったことが捜査関係者への取材で分かりました。女性従業員は、当時の上司から執拗ないじめに遭い自殺に追い込まれました。遺族側はホテルを相手取った裁判を起こし、現在も係争中です。兄は爆発後に病院へ搬送されましたが、その後、死亡が確認されています〞昼前になるとテレビ各局が一斉に報道を始めた。警察が発表するという情報は入っていなかった。捜査本部の誰かが意図的に流したのだろうか。ニュースではホテルシーサイドマリーナ木更津と分かる映像が流れていた。
捜査が終わっていないため、現場はそのままの状態が保たれている。館内を移動するには爆発があったロビーに足を踏み入れなければならず、事件の凄まじさを実感させられる。
敷地の外を見るとメディアの記者が大勢押しかけていた。
「ふーっ…かなり来ていますね」白坂ひろみが広報課長の名城亮介を見る。「爆発の被害ホテルがパワハラ裁判の加害ホテルになってしまったな」立ち入り禁止ロープの手前で足止めを食らわされている記者たちが説明を求めるのも時間の問題だろう。名城が溜息を吐くと同時に着信音が鳴った。
「名城です。…そうか、分かった。すぐ行く」スマホを内ポケットに戻す。「電話が鳴っている。戻るぞ」五本しかない回線が鳴り続けているらしい。事故が〝事件〞に変わった瞬間、ホテルに対する風当たりが強くなることは報道内容を見れば一目瞭然だった。
「…まだこちらには詳しい情報が入ってきておりませんので…ええ、そうです。はい…その件につきましては現在係争中でございますのでコメントできません…」顔を強張らせた広報課の番場一翔が固定電話の受話器を耳に当てている。「さっきからこの状態ですよ」二人が事務所に戻ったタイミングで受話器を置いた美川慎太が泣きそうな顔を向けてくる。
「我々だけでは対応しきれないので、手伝ってもらっています」フロント担当、レストラン担当、経理、総務。手の空いている従業員が総出で丁寧に答えている。「こんなこと初めてだな…」...