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著者インタビュー

BATNA思考を身につけ、真意が伝わらない事態に備える

射手矢好雄氏

BATNA
交渉のプロだけが知っている「奥の手」の作り方

齋藤 孝・射手矢好雄/共著
プレジデント社
232ページ、1870円(税込)

ハーバード流交渉術の要、「交渉の7つのカギ」について解説した本書。中でも、まだ日本では認知が低い、交渉の最重要概念「BATNA(Best Alternative To a Negotiated Agreement)」の詳細が記されている。BATNAとは、「最良の代替案」を意味し、交渉の結果を大きく左右するものだ。

しかし、本の全容は交渉に限る話ではない。BATNA思考を身につけることで、目の前の相手と合意しなければならないという思い込みから抜け出し、自分が真に求めるものの本質が見えてくる。つまり就職、結婚、教育などを含めた人生の話だ。あらゆる“決断”を求められるシーンでBATNAが人生をより良い方向へと導いてくれる。

最良の代替案を常に準備

「交渉の7つのカギの1つ目は『利益』で、自分が交渉で実現したいことです。2つ目は『オプション』で、相手との合意のためにどんなやり方があるかの選択肢。3つ目は『根拠』で、そのオプションを選ぶ理由が挙げられます。この3つが交渉の中核となる項目です。そして4つ目が『BATNA』。相手との交渉が成立せず打ち切る時に、『自分には何ができるのだろう』『何をするのがベストなのだろう』と常に考え、あらかじめ懐にもっておくべき奥の手とも言い換えられます」と著者の射手矢氏。

そして、5つ目には自分と相手の関係性を示す『関係』。6つ目に自分と相手が思っていることを考える『コミュニケーション』。7つ目に交渉のひとつの結末として『合意』がある。すなわち交渉にはオプションでの合意とBATNAの2つの結末があり、どちらが真に利益を実現できるか検討すべきなのだ。

BATNAを準備するメリットは他にもある。ひとつは、メンタルに余裕が生まれ、交渉に妥協が生まれないこと。BATNAは「これしかない」と思い詰めるでもなく、「他にいくらでもある」と漫然と逃げ道を作るのでもない。あくまで、「それがダメでもこの手があるさ」と自分一人または別の誰かとの可能性を踏まえ、成熟させた思考こそがBATNA本来の姿である。

「また、BATNAを相手に伝えることも重要です。議論の結果、双方の利益を満たす新しいオプションの発見や、お互いの利益を最大化させる効果も期待できます」(射手矢氏)。最低限、利益・オプション・BATNAの3つを準備するだけでも、結果に良いインパクトを与えてくれるはずだ。

受け手の利益を想像

「ビジネスの交渉で失敗する要因として、そもそも自分の利益を明確にできていないこと、BATNAを検討していないことが挙げられます」。幅広いステークホルダーと関係構築をしていく広報の取り組みは、利益=“企業価値の向上”といった抽象的な概念に留まりがちだが、例えば、この広報活動においては、イメージ低下を最小限におさえ、生活者からのポジティブな評判獲得を目指す、などと、その解像度を上げていくことが考えられる。

そのために情報を正しく発信し理解を促進しようとする局面においては、「思い通りにメッセージが伝わらない」「誤った情報が流れてしまう」などの事態に備えたBATNAを準備すべきだ。例えば、報道では真意が伝わらない場合に、自社メディアから再発信することもBATNAのひとつだろう。また、関係構築をする相手、例えば記者や生活者にも同じく利益があることも忘れてはいけない。自分と相手を知ることに努めながら、常にBATNAを準備しておくスタンスが、広報にとっても重要だ。

射手矢好雄(いてや・よしお)氏
アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナー。一橋大学法科大学院特任教授。京都大学法学部卒業後、ハーバード大学ロースクールを修了し、日本とアメリカ・ニューヨーク州の弁護士資格を有する。2022年度より日本交渉学会の会長。M&A、紛争解決、海外法務を専門とし、日本経済新聞「企業が選ぶ弁護士ランキング国際部門」にて1位を複数回獲得。

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