企業の広報戦略・経営戦略をコンサルティングするプロが企業ブランディングのこれからをひも解きます。
今回のポイント | |
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① 資料展示のハコモノから積極活用へ | |
② 企業のパーパス確認の拠り所として注目 | |
③ 対外向け情報発信拠点+インターナル活用へ |
2022年4月、博物館のあり方を定義する「博物館法」の改正案が成立した。これまでの文化の保存や社会的教育への寄与のみならず、文化観光やまちづくりへの貢献など、求められる役割や機能が多様化してきている。企業博物館と呼ばれる一連の施設も、昨今その役割が変化している。
ハコモノから積極活用へ
「企業ミュージアム」と呼ぶと堅苦しい感じもするが、そのあり方は様々だ。業界の歴史をひも解く資料館、子どもが遊び学べる体験館、企業が保有する美術所蔵品を公開するギャラリーなど。資料をアーカイブし、展示するハコモノとしての存在に目が行きがちだが、そもそもはその場に人が集まり、何かしらの企業メッセージを受け止める“場”としての価値が重要であり、PR的にも貢献する存在といえる。
実際、企業ミュージアムは企業の歴史を知る、製品の製造工程を体験する、創業者の文化的視点を共有するなど、それぞれのステークホルダーとの接点を有し、社会科見学や地域の観光拠点などに活用されてきた。また博物館法の改正により、産業観光の拠点としての役割が行政からも期待されている。
大正大学地域創生学部地域創生学科で企業ミュージアムを研究する高柳直弥氏によると、現在の企業ミュージアムは図1のような5つのパターンに分類できるという。そして今まさに、注目されているのが「従業員が自社のパーパスを共有する場」としてのインターナル・ブランディング的役割である。
自社と社会の関係性を知る
企業の生い立ちや理念を伝えることで、従業員の帰属意識や働くモチベーションに大きな影響を及ぼすことは周知の事実だ。BtoB企業がマスメディアに広告やCMを打つのも、企業の対外的コミュニケーションの目的がありつつも、実は自社従業員やその家族、また企業が属するコミュニティへのメッセージングという要素の比重が大きい。
BtoC企業とは違い一般的な生活者と直接接点を持たないBtoB企業において、その存在意義を知らしめ、記憶に残すといった活動は、360度視点でそのレピュテーション(評判)が取り沙汰される現代において、益々重要になってきている。言わずもがな、BtoC企業でさえ商品・サービスの訴求だけではなく、それらがどのように社会を変革してきたのか、歴史とともに伝えることは必須の取り組みだ。
そしてそれらの接点を紡ぐ媒介として重要なのが「ヒト(従業員)」であり、その背景を支える拠り所として「企業ミュージアム」の存在が注目されている。「従業員こそが企業の最も重要な資産であると考え、従業員一人ひとりの企業理念への理解や共感を集め、事業への浸透を図り、新たな価値を生み出す活動」としてのインターナル・ブランディングに注目が集まる昨今、この「企業ミュージアム」に白羽の矢が立つのは自明の理であろう。
前述の高柳氏による調査結果図2を見ても分かるように、企業博物館が自社の従業員に伝えているものとして、「とても当てはまる」のトップ2は「創業理念」と「経営理念」の理念系がダントツ。「やや当てはまる」を入れても「自社のブランド・アイデンティティ」が2位で、「パーパス」共有には企業博物館が良い場となっている。
工場・オフィス併設型が主流
インターナル・ブランディングを目的とした企業ミュージアムの活用は、従前から行われてきたが、企業のパーパスを従業員に今一度伝える“場”として、再注目されている。設置場所は工場や研究機関だけではなく本社社屋との併設型のものが増え、社員の家族の来館を想定しているところもある。また、来館時にアンケートをとって従業員の意識調査を行うなど、その後の態度変容なども確認するところも多い。研修の場としても利用するだけではなく、社内の各部署からの問い合わせにすぐさま対応する施設として重宝されているようだ。
黒歴史を伝えるミュージアムも
また企業の「黒歴史」を保存・展示し、その戒めとする企業もある。過去の失敗や社会的な評判が悪化した事例を展示し、同じ過ちを繰り返さないという社内への意識づけや、イノベーションを生み出すための挑戦するマインド育成に繋げるなどの目的があるようだ。対外的には“失敗を教訓に変えてわれわれは前進していきます”という企業の決意表明ともなるわけだ。
オンラインで疑似体験
以前は体験型イベントは人をどれだけ集められてなんぼ、という感覚だったが、このソーシャルメディアが浸透する現代においては体験者の経験談が写真なども含めて事細かに共有され、実際には参加せずともあたかも自分がその場にいるような感覚でコンテンツに触れることが可能となっている。
来館者の受け入れキャパシティやその施設へのアクセスの利便性などにとらわれず、多くの体験を生み出すことができるようになったのは企業ミュージアムを運営する側にとっても朗報であろう。またコロナ禍でリアルな見学者の受け入れが不可能な中、VRを含むインターネット上での体験コンテンツの拡充などに乗り出す企業も見られる。
今後は展示だけの“ハコモノ”的な制約にとらわれず、企業メッセージに沿いながらも、いかに生活者の満足感の高いコンテンツを提供できるかにその企画構成も比重を移すこととなろう。
CASE
資生堂企業資料館が果たす社員のエンゲージメント強化
資生堂は工場のある静岡県掛川市で資生堂企業資料館を運営しています。1992年、創業120周年を記念してオープンしたこの資料館には約20万もの資料が収蔵されており、創業時から今日までの長い歴史の中で生み出された商品や宣伝制作物をはじめとする様々な資料を一元的に収集・保存し収蔵品の一部を展示公開しています。設立当初から社員の研修などに使われてきたほか、国内外の各部署からの問い合わせに対応したり、資料の貸し出しを行っています。
その他、資生堂企業資料館は社員のロイヤルティ向上のための講演・研修の開催やツール開発にも協力しています。今年は資生堂創業150周年ということもあり、昨年から今年にかけて営業およびビューティーコンサルタント向けに講演を行ってきました。講演後のアンケート調査では、受講者の理解度および気づきがあったとした回答ではほぼ満点に近い結果で、社員のエンゲージメント向上に貢献しているのではないかと思います。