「サイトの翻訳に手が回らない」。そんな広報担当者に向け、サイト多言語化の専門家が、ステークホルダーの満足度を高める翻訳のコツを解説します。
コロナ禍で海外出張が減り、経営陣が現地法人に出向いて戦略を説明して士気を高めたり、対面で直接メッセージを伝えたりする機会が減っています。それに代わるコミュニケーションの手段として、従業員向けのイントラネットやウェブ社内報を多言語化する取り組みが進んでいます。
500万人!?海外現法の外国人
コロナ以降、イントラネットに関する多言語化の相談が急激に増えました。これは、各国にいる従業員とコミュニケーションする「ハブ」として、イントラネットを機能させようとしている表れでしょう。
日本企業の海外現地法人で働く従業員数はいまや500万人を超え、日本国内で働く外国人労働者数も約170万人となっています。企業は言語による情報格差をなくす必要性に迫られています。海外現地法人の従業員は、英語ができるとは限りません。「従業員の母国語で情報を読める」よう多言語化することが、組織の一体感を醸成する上で課題となっています。
母国語で情報が読めないと、情報取得のハードルが上がってしまいます。すると、せっかくイントラネットがあっても閲覧されなくなってしまうのです。
ちなみに25の国・地域から従業員が集まる当社では、こんな実験を行いました。日本語・英語で展開している社内のECサイトを、1日だけヒンディー語・ロシア語・タイ語のランダム表示に切り替えたのです。その結果、コンバージョン率は86%も低下し、7%になりました。母国語でのアクセシビリティを保つことは、社内のコミュニケーションの質や従業員のモチベーションにもかかわってくるのです。
量が少ない・公開が遅い
しかし、いざイントラネットの情報を多言語化するとなると、日本語に比べて翻訳される情報の量が「少ない」「遅い」という問題に直面することになるでしょう。例えば、取引先との新しいルールや新製品の売り方に関する情報がイントラネット上で多言語で公開されるまでに半年かかっているようでは、ビジネスチャンスを逃してしまいます。
とはいえリアルタイムに最新情報を翻訳していくには、お金も時間もかかります。そこで注目されているのが機械翻訳の活用です。
連載第1回でも触れましたが、機械翻訳の品質が向上するにつれ、企業サイトで機械翻訳が活用され始めています。先進的にイントラネットの多言語化に取り組む企業に採用されているのが「ピボット翻訳」の技術です。機械翻訳は言語ぺアが重要なのですが、日本語から他の言語に翻訳するよりも、英語から他の言語にするほうが翻訳精度は上がります。その特徴を活かし、日本語を英語に人力翻訳した後に、英語以外の言語に機械翻訳を行うことで、より効率的に多言語化を進めることができます。
海外も日本も、思いはひとつ
実際、イントラネットを通じタイムリーに母国語で従業員に情報を届けている企業からはこんな声が届いています。
「新しい取り組みを発信する際、3%の外国人従業員にも平等に読んでもらう機会を創出できた」「コロナ禍でも、従業員同士がお互いの顔と名前を一致させ、それぞれが持つノウハウを海外拠点の従業員とも共有できた」「タイムリーな情報発信、仲間とのつながりを持てる場としてコンテンツを充実させ、新たな風土づくりや、より一層のグループの一体感を醸成した」。
遠く離れていても同じ企業の従業員である、という想いが、イントラネットの多言語化を促進しています。
イントラで企業文化の醸成を
機械翻訳を使い、日本語の情報と同じタイミングで、多言語で全従業員に情報を届けよう、と考えること自体が、従業員の多様性尊重につながります。
従来、マジョリティに対してお金をかけてサービスを提供する一方、マイノリティに対しては予算が取りにくい状況がありました。つまり、数%の外国人従業員に向けたイントラネットの多言語化は「しない」という経営判断をするケースもあったでしょう。しかし、現在は「多様な従業員が働きやすい職場にすることが、中長期的に企業の価値を上げる」という考え方が浸透してきています。加えてサイトの多言語化技術が向上し、多様な従業員がタイムリーに母国語で情報にアクセスできるようになってきたのです。
国を超えた一体感の醸成に向けて必要なことは、単なる言語の対応にとどまりません。働きやすい環境や企業文化も大切になります。「完璧を求めずに下手な英語でいいからサンキューを伝え合える」企業文化を大切にするところから始めてみるといいと思います。
イントラネットの多言語化をきっかけに、多様な従業員が活躍できる企業文化の醸成につなげていきましょう。
先進企業の視点
従業員の現地語をカバーする、AGC
30を超える国と地域で事業展開するAGCは2022年より、従業員向けサイトを日本語、英語、簡体字、タイ語の4言語で公開。約7割の従業員の現地語をカバーした。国をまたいだ従業員同士の情報共有と一体感醸成を目的としており、サイトを通じて各国の従業員の活躍や経営理念を伝えることを重視している。