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広報担当者の事件簿

研究所で爆発事故が発生 一変したコロナ禍の日常〈後編〉

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    【あらすじ】
    研究所での爆発事故を受けて先輩の川田泰三と熊本へ飛んだ広報の日向龍太郎。記者たちの前で初めての状況説明を終えた直後、社長発見の一報が入る。爆発の原因も分からない状況で、川田は1時間おきのブリーフィングを繰り返す。いつしか日向の言動にも変化が起きていた。そして、記者会見を開くことが決まった。

    ©123RF.COM

    お前の言葉で説明すればいい

    「⋯⋯社長が発見された」ブリーフィングを終えて歩き出した川田泰三が表情を変えずに小声で言った。横を歩く日向龍太郎に顔は向けず、正面を真っ直ぐに見ている。

    「研究所の会議室で発見されたが意識はないそうだ。いま、病院に搬送中。同じ場所でほかに三人が救出されたが全員意識がない」一人で呟くように淡々と言葉を継ぐ。日向が後ろを振り向く。「後ろを見るな」川田が小声で語気を強める。「連中が見えなくなるまで後ろを向くな」それきり黙ったまま急ごしらえされた対応本部まで歩いていく。

    安否不明が八人いたはずだ。四人が発見されたということは、まだ四人が安否不明か。「さっき連絡のあった四人の中にお前の同期はいなかったようだ」記者たちの姿が見えなくなったころを見計らい川田が言う。江藤十夢はまだ見つかっていないのか。「⋯⋯そうですか」日向が溜息を吐く。

    爆発が起きたとき、研究所内には七八人いたことが確認されている。研究所員五三人、社長の藤田を含め本社の人間が四人、清掃会社、警備会社、運送会社の従業員が二一人。

    これまでに七四人が救出もしくは自力で難を逃れていた。病院搬送後に死亡が確認されたのは八人、意識不明のまま処置されているのが七人。三九人が骨折や裂傷などの怪我をしている。救出までに時間がかかればかかるほど命の危険が増すことは理解している。救急隊員に任せるしかないことは分かっているが、藤田以上に江藤の安否を祈る思いだった。

    「社長の容態は?」対応本部に戻ると、川田が研究所副所長の東田に訊く。東田が頭を横に振る。「まだ意識が戻っていません」室内が静まり返る。「病院にはどなたか行っています?」「二人張り付いてもらっています」病院に搬送されているのは社長だけではない。研究所の従業員や協力会社の人たちも生死を彷徨っている。彼らには家族だっている。

    爆発の原因はまだ分かっていないが、過失の有無にかかわらず会社の責任は重い。静まり返った室内に沈痛な空気が立ち込めていく。これからどうなっていくのだろうか。「そろそろ行くぞ」パイプ椅子にかけて腕組みをしたまま動かなかった川田が日向に顔を向けてくる。

    「え?」「記者と約束しただろ」“一時間毎に事態の進捗について、私がこの場で皆さんにご説明させていただきます”川田が言った意味をようやく理解する。時刻はすでに夜の一一時四五分。こんな時間に、いくら記者とはいえ説明を求めるものだろうか。

    「この一時間、何も進展はないですが⋯⋯」と言ってみる。「何も進展がないことを説明しに行くんだよ。説明できる内容がないんだから、わざわざ説明に出向く必要などないだろう──お前、いまそう考えていただろ」日向が心の中で毒づいたことを川田が見透かす。

    「⋯⋯すいません」「無駄な対応に思えるよな。俺もそうだった」川田の眼がギラギラしている。「広報には無駄な対応なんてひとつもない。終わったら分かるかもな⋯⋯行くぞ」川田が椅子の背もたれからコートをつかみ取る。追いかけるように日向が続いた。

    記者たちのいる規制線に近づいたとき、川田が右の耳にはめたインカムに手を当てる。連絡が入ったのだろうか。「川田、了解」とだけ返す。「残りの四人も発見されたそうだ」「これで全員ですね」江藤は大丈夫だろうか。「四人のうち三人は意識がないらしい。これ以上、犠牲者が増えなければいいが⋯⋯」記者たちの姿が見えた。「そうですね」江藤の状態を確認したかったが、返した言葉は単純なものだった。ほんの数秒のやり取りだった。焦げ臭さが鼻腔を刺激する。

    規制線が張られた場所にはテレビ各局のカメラクルーやリポーターをはじめ、新聞社の記者たちが大勢いた。暗闇の中の爆発現場がライトで煌々と照らされ、暗黒のモニュメントと化しているようだった。規制線の中に停められていた警察車両や消防車両の赤色灯が悲惨な現実を映している。

    「すでにご存じかもしれませんが、全員が建物内から救助されました。改めてご説明いたします。全員で七八人が建物内におりました。死亡が確認されたのが八人、病院に搬送された方のうち意識不明が一〇人。四〇人が骨折や裂傷などの怪我をされて手当を受けています。研究所員五三人、本社の人間が社長の藤田を含め四人、清掃会社、警備会社、運送会社の従業員が二一人です」おーっ、という声がわずかにあがる。取り囲んだ記者たちには安堵の表情を浮かべる者もいた。

    「清掃会社、警備会社、運送会社の従業員の内訳は八人、三人、一〇人で間違いないですか」一時間前に説明した内容を再度訊いてくる。記者とはこういうものだろうか。川田は面倒な態度を見せず丁寧に対応している。「間違いありません」「爆発の原因は分かりましたか」返ってくる答えが分かっていながら別の記者が川田に訊いているようだ。

    「明朝、消防と...

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