メディア研究などを行っている大学のゼミを訪問するこのコーナー。今回は江戸川大学の隈本邦彦ゼミです。

隈本邦彦ゼミのメンバー。
DATA | |
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設立 | 2009年 |
学生数 | 3年生7人、4年生4人 |
OB/OGの主な就職先 | 産経新聞社、エキスプレススポーツ、東阪企画、あお など |
隈本邦彦教授が教鞭を執る、江戸川大学 メディアコミュニケーション学部マス・コミュニケーション学科は、メディア論などの研究者の教員と、業界出身の実務家教員とが、ほぼ半数ずつ在籍。理論と実践の両面から学生に学びを提供している。
当事者へのインタビューで見える「真実」
ゼミでは、毎年ひとつの社会問題にフォーカスし、現場の取材や当事者へのインタビューを通して、マスメディアが報道している内容が真実を伝えているかどうかを検証する。
年度当初に学生たちが何を取材テーマに選ぶか討論。テーマが決まったら、その後1年をかけて、現場取材、当事者インタビューなどを行う。
「夏休みは、取材テーマに沿った場所を選んで、夏合宿を行います。もちろん取材がメインですが、グルメや観光も大事にしており、ゼミ生同士の交流を深める場にもなっています。インターネットを通じて毎日大量の情報に接している彼らには、実際に現場に行って人に会って初めて実感として分かることがあることを学んでほしいです」。
真実じゃない情報を見抜く力
過去に取り上げたテーマは、「三鷹バス痴漢えん罪事件」「関東大震災後の福田村事件」「薬害報道の問題点」など。学生による検証結果は、ウェブサイト「隈本ゼミ調査報告」で逐次公開している。
三鷹バス痴漢えん罪事件では、1審の有罪判決の直後に、有罪とされた男性にインタビュー。新聞報道では一方的に犯人と決めつけられていたが2審の東京高裁で逆転無罪判決を勝ち取った。裁判の間、隈本ゼミのメンバーは署名活動などの支援をしながら、密着取材。
「指導教員の私も、NHK記者時代に経験したことがない『逆転無罪』という歴史的な出来事を、ゼミ生たちは傍聴席で目撃しました。学生たちには、マスメディアが、彼らの価値観や、記者クラブ制度など伝統的な取材手法にとらわれて、物事の本質を伝えない場合があること、そしてそれを掘り起こして真実に迫ることの面白さを知ってほしいと思っています」。
「隠れた貧困」を取材
2021年度のゼミ生のテーマは「身近にある隠れた貧困」。そのひとつとして、貧しさや家庭の事情により「家にも学校にも居場所がない」と感じている高校生のために、地域の大人たちが運営する「校内居場所カフェ」の活動に密着取材している。ゼミ生は校内居場所カフェの企画運営を行う一方で、チラシやウェブサイトをつくるなどの情報発信を担当している。「relief=安心」という言葉にちなんで「りりいふカフェ」と命名したのもゼミ生のひとりだ。
実際、ゼミ4年生の竹田莉奈さんに話を聞くと、「メディアは時に人を救い、勇気づけてくれる存在です。でもゼミで災害、薬害、貧困といったテーマを学んでいると、メディアはどうあるべきか、その役割は何か、という疑問が次々と湧いてきます。メディアが何を伝え、何を伝えていないか見極め、正しい情報を選択できるような人間になりたいと思っています」と、ゼミ活動から、確かなメディアリテラシーが醸成されていることがうかがえた。

千葉県立市川工業高校で行った「校内居場所カフェ=りりいふカフェ」(2021年7月撮影)。学生たち手づくりの縁日ゾーン“駄菓子釣り”は一番人気だった。

2021年10月の居場所カフェはコロナ禍の影響で中止。生徒への食品配布だけになった。

2021年11月には千葉市内で行われたシンポジウムでゼミの活動を報告した。
若者の社会課題への意識づけと教育の重要性
元NHK記者の隈本邦彦教授。「管理職になるとどうしても報道現場から離れていくので、なんとか現場とつながりたいと思い、25年目に大学教員に転職しました」。
隈本教授が江戸川大学に来て、感じたこと。それは若者への社会問題への意識づけの重要性だ。
「社会の問題に目を向けることも、事件の当事者にお話を聞くことも、学生には初めての経験だと思います。でも、最初のきっかけさえつくってあげれば、彼ら・彼女たちは驚くほど前向きに取り組んでくれます。たぶん高校までの教育ではこういうことは教えてもらえなかったのかもしれません。若者が社会に目を向けることの大切さを忘れないでほしいです」と話す。

隈本邦彦(くまもと・くにひこ)教授
1980年日本放送協会(NHK)に記者として入局。報道局特報部、社会部、科学文化部などで、主に医療・災害・科学報道に携わる。2005年から北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット特任教授に就任。2008年から現職。名古屋大学大学院客員教授も兼任。