企業の広報戦略・経営戦略を分析するプロが、データドリブンな企業ブランディングのこれからをひも解きます
今回のポイント | |
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① ジャーナリズムはストレートニュースから分析記事重視へ | |
② PRの実務家はニュースの解説者となれるようにする | |
③ 報道内容は多様性重視へ |
スマートフォンなどのデバイスの進化、ソーシャルメディアの普及、さらには、通信環境の整備が進み、われわれの情報消費に大きな変化が起きている。これらテクノロジーの進化や社会インフラの整備はジャーナリズムにどのような影響をもたらしているのだろうか?本稿ではグローバルメディアの潮流から考察する。
ニュースのコモディティ化
10年ほど前まで通勤電車で紙の新聞を読んでいる人々をよく見かけたものである。しかし2013年~14年に東京・大阪の地下鉄全線で携帯電話がつながるようになると、「地下鉄=圏外」ではなくなり、大都市圏の交通機関で紙の新聞を読んでいた通勤客は皆、スマートフォンの画面をのぞくようになった。
2017年に新聞通信調査会が実施した全国世論調査によると、ネットニュースを閲覧している人は71.4%となり、新聞の朝刊を読んでいる人の68.5%を初めて上回った。わざわざ新聞を購読しなくとも、各社朝刊1面のニュースは朝の6時頃にはYahoo!ニュースに並んでいる。「ニュースは無料」という前提が生まれた上、ほぼ同じ内容の記事が幾つも並ぶことが頻繁にあり、ニュースのコモディティ化が進んだ。
日本の新聞社の本業における売上は、発行部数とともに年々減少している。一方、現時点で経営悪化とは無縁、またはコロナ禍であっても軽微なダメージしか被っていないのは、ニューヨーク・タイムズやフィナンシャル・タイムズ(FT)といった、デジタル版に早くから力を入れてきた海外のグローバルメディアである。FTでは経営努力と同時に、ニュースのコモディティ化からくる収益悪化を防ぐため、コンテンツ制作にも改革を試みている。
分析記事へのシフト
FT東京支局長のロビン・ハーディング氏は「現在、FTのオンライン記事では短い記事か長い記事のいずれかでないと読まれません。読者はなるべく早く重要なニュースを得るか、特定の問題を深く考察したいと考えています。そのため、われわれは500ワードほどの短いニュースか、1800から2000ワードのフィーチャー記事を書こうと試みています。800から1000ワードの記事は読まれません。この手の長さの記事は、深く考察するには短過ぎ、ブラウジングする読者には最後まで読み切れないのです」と語っている。
また、オンライン版の記事のページビューから、FTでは分析記事の閲覧が一番多いことも分かっている。単純に何が起きたかを伝えるストレートニュースの需要もいまだ高いが、新聞社にとっては他社にコピーされにくい、分析記事の方が価値は高いのである。
PRの実務家は解説者に
PRとジャーナリズムは持ちつ持たれつの関係である。メディアが報道する多くのニュースは、PRの実務家がもたらすプレスリリースや記者会見などで提供される情報がソースとなっている。この共存関係の下、相互の利益に資するには、PRの実務家は単に製品やサービスのファクトをメディアに届けるのではなく、その背景、意味などを理解し、説明できる解説者となることが重要となる。さらに、分析記事に寄与できるようデータを用意することもキーとなる。
多様性への配慮
FTでは多様性の推進という別の目的においてもコンテンツ改革を試みている。同社では毎年新しい商品を生み出すため、社内でハッカソンを実施している。2017年にこのハッカソンで、女性へのエンゲージメントを高めるために「JanetBot(ジャネットボット)」と呼ばれるボットが開発された(図1)。このボットは、記事の中で使われている人物の写真の性別を10分置きにチェックするものである。
もともと読者から「FTの記事にはスーツを着た男性の写真が多過ぎる」という意見が寄せられたのがきっかけで生まれたアイデアである。目に見えるかたちで自分たちの属性を代表する顔が紙面に出ている方がより女性読者のエンゲージメントを高めるであろうという仮定から生まれた。このボットのプロトタイプができた日に米財務長官ジャネット・イエレン氏の記事が3件以上FTで掲載されていたため、彼女へのオマージュとして「JanetBot」と命名された。
さらにFTは翌年、「She said He said」という別のボットを発表した。このボットはコラムニストなどの性別を名前で判断し、紙面のジェンダーバランスをチェックするものである。FTはこれらツールによって、女性の声が紙面に反映されているかチェックしているのである。
日本での報道の多様性
報道の多様性については世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA)もガイドラインを出している。しかし日本ではまだFTのようにテクノロジーを駆使した報道の多様性への取り組みがなされているという話は聞かない。一方、日本新聞協会によると、記者全体の数は減っているにもかかわらず、女性記者は増えており、その割合も2001年の10.6%から2021年には23.5%となった(図2)。
まだまだ管理職における女性の数は少なく、編集方針を決める意思決定者は男性中心ではあるが、報道視点という面では多様性が進んでいる。多様な視点による報道が読者のエンゲージメントを高め、メディアもそれに向かっている今日、PRの実務家もそういったことに留意する必要がある。PRキャンペーンなどは、異なる背景を持った人材の視点を交えて企画・実施すべきである。さらにスポークスパーソンやオピニオンリーダーなども多様性を意識して起用し、メディアリレーションズを推進することが望まれる。
OPINION
変貌する国際メディアとどう付き合うか?
われわれ記者は、何が起きたかを伝えるよりも、それが何を意味しているのかを伝えたいのです。そのためには、何が起きているかを知るよりも、なぜそれが起きているのかを知る必要があります。われわれがそういった理解を得るためにも記者とPRの実務家との深い会話が必要となるのです。