本書は、著者が法政大学大学院公共政策研究科に社会人学生として所属していた際の博士論文がもととなっている。WWFジャパンのアドボカシーに貢献する広報業務を担っている著者。国内の主要メディアに対する2008年から2016年までの8年間の成果をまとめている。
肝となるのは著者の立ち位置。本書によると、これまで日本のマスメディアはNGOや環境問題に“距離”を置いていた。情報源は官庁や企業が多く、環境問題は、今でこそSDGsが注目されているが、以前は取り上げること自体がまれだった。
そうした状況で、著者がどのようにNGOのスタンスで環境問題をメディアに広報してきたか──その実践知が本書には盛り込まれている。
環境問題はいまや“経済”の話
「実は新卒で入ったのはテレビ局。アナウンサー・放送記者として、でした」そう話す著者。その後、気象予報士として天気予報を任されると、こう感じるようになる。「気象を生活者に分かりやすく伝えるのは難しい」と。というのも、天気予報とはいえ、裏付けとしてあるのは気象学という立派な学問。専門用語を噛み砕く、“通訳者”のような存在が、気象や環境の分野でも必要なのだ。そう当時、感じ始めていた。1997~2000年代のことだ。
それから、地球温暖化が話題に。著者が感銘を受けたのが、欧米各国で導入され始めた「排出量取引制度」だった。同制度は、各企業・国などが排出する温室効果ガスを予め「排出枠」という形で定め、排出枠を超えた分は、他の企業・国から排出枠を“買う”制度。「この制度を画期的だと感じた理由は、(排出量の抑制を企業の自助努力に任すのではなく)政策に取り入れたからです。これにより、環境問題はエネルギー問題、ひいては経済・経営課題だと捉え直すことが可能になってきたんですね」。
そこで、これまでの報道機関でのキャリアが活きると感じたという。「私なら、気候変動の科学的要因と今後の対策を、企業に属する人たちにも分かりやすくお伝えできると考えました」。
勉強会で記者をキャパビル
WWFジャパンの広報施策の中でも、特に成功した事例が、2008年から毎月実施しているメディア向け勉強会だ。「狙いは記者の環境問題に関するキャパシティビルディングでした」。前述の通り、NGOとして環境問題を記者に説くのは困難。さらに、多忙な彼ら。どうしたら集まってもらえるか考え抜いた末、「五つの法則」を編み出した。
そのひとつが「中立なデータに基づく多様な視点の情報提供(NGOの主張抑制)」だ。「記者は決して偏った主張をするところには寄り付かないんですね。しかしNGOというのは、基本的に世の中を変えよう、というスタンスだからどうしても“(世の中が)こうあるべきだ”と声高に叫びがち。その主張を抑制して、あくまで中立を意識した学びの場としました」。
この点は、NGOのみならず、企業の広報担当者にもぜひ知ってもらいたい、と著者。企業文脈でも、結局“自社の商品・サービスは良い”となりがちだが、あえてそういう論調にしない。そして取り巻く全体像の解説を中心にする。そうすることで、記者は偏りない情報を分かりやすく説明してくれると信頼して、耳を傾けてくれるのだ。