2021年、リラックスした様子を表す「チルい」が新語大賞に選ばれた。「チル(癒し)」をキーワードにビジネスを展開する2人が、これからの日本人の価値観について、どう変化していくのか語り合った。
「チル(癒し)」への意識変化
これまで
社会が不安定なときに都度注目はされていたが、あくまで趣味や興味のある層が限られておりビジネスにおいては重要視されていなかった
⬇︎
これから
コロナ禍で自身と向き合う機会や「余白」をつくる需要が急増。企業としても取り入れていくことが不可欠に
「ご自愛」こそ現代版のチル
──お二人の中で「チル」という概念は、いつ頃から日本で広がり始めた実感がありますか?
齋藤:私は香りを専門としているので、香りという視点からのチルや癒しについて、まずはお話しさせてください。皆さんも一度は芳香療法、いわゆるアロマセラピーという言葉を聞いたことがあると思いますが、これ自体30年以上の歴史があるものです。
香りを通した「癒しブーム」として象徴的だったのが、バブル崩壊後の90年代後半ごろ。当時は多くのOLが習い事のひとつとしてアロマセラピーの資格を取ることに注目が集まった時代でした。その後にやってきた香りのブームが、東日本大震災の後。この頃からホテルやお手洗いといった空間演出として香りを導入するという流れが一気に増えてきた印象です。
今井:バブル崩壊や震災の後に香りによる「癒し」を求める人が増えたというのは、興味深い傾向ですね。
齋藤:私もそう思います。やはりそうした不安定な社会情勢においては「ご自愛」という考え方が広く普及するものです。昔であればお金を使って派手に自分へのご褒美を買うという「ご自愛」もありましたが、最近の若い人たちを見ていると、手軽に自分自身をホッとさせられるものを求めている人が多いように感じます。
今井:そういう意味では、私がEndian(日本コカ・コーラとの合同会社)で手掛けているリラクゼーションドリンク「CHILL OUT」も、昨今の「ご自愛」のニュアンスに近いものがあると思います。「CHILL OUT」ブランドが生まれたのは、今から5~6年前。当時、リラクゼーションドリンクというもの自体、国内ではほとんど知られていませんでしたが、どうやらアメリカでそうしたものが出始めているという情報をキャッチしたんです。
私たちの会社は経営陣をはじめ音楽をやっている人間が多く、ほかにもスケートボードやアートを趣味にするメンバーもいます。普段からそういったカルチャーに触れている私たちにとって、チルという感覚は身近なものでした。また、キャンプやアウトドア、サウナなど、自分を楽しませたり、リフレッシュさせたりするコンテンツがトレンドになっていく中で、そうした趣味を持つ層とリラクゼーションドリンクもマッチするのではと考えたんです。
齋藤:2021年ごろからリラクゼーションドリンクもよく見かけるようになりましたよね。
今井:はい、私自身も高まりを感じたのは2021年からです。ある月は前年の30倍以上の売上を記録したほか、私たちは毎年、エナジーを必要とする現代人にチルすることの大切さを伝える映像作品やグラフィック作品を募る「CHILLOUT CREATIVE AWARD」というものを開催しているのですが、その応募数が1000件以上も集まりました。その背景に考えられるのがやはり新型コロナウイルスの存在です。
先ほど齋藤さんが例に挙げられたバブル崩壊後や震災後のように、このコロナ禍も、私たちは非常に不安定な社会情勢で生きることを強いられている。そしてこんなムードの中で「自分にとって本当に大切なものとは何か」と、自分と向き合う時間が増えた人も多いはず。そうして、自分の生活におけるコミュニティの大切さや、丁寧に暮らすことの大切さに気づき、この「チル」という概念に共感する人も増えたのだと思います。
齋藤:確かに、私もコロナ禍を通して、人々の香りに期待するものが変化していると実感しています。私が主宰する香水をつくるワークショップでは、3~4年前までは、会社に行く前や仕事の前に使う、いわゆるONのスイッチを入れる香りをつくりたいという方がたくさんいました。ところが、このコロナ禍になって、家に帰ってからリラックスするために使う、いわゆるOFFのスイッチのための香りをつくりたいという方が圧倒的に増えたんです。