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広報担当者の事件簿

スタッフによる自殺未遂 高齢者施設を取り巻く現実〈中編〉

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    【あらすじ】
    宮倉耕太郎は職場で同僚の今田麗子が自殺未遂を図ったのを機に、支配人のパワハラを本社に内部告発する。それから3日後、総務部長の加賀丈二から「話を伺いたい」とメールが届いた。本社へ出向いた宮倉は、今田がマスコミに告発状を送っていた事実を知る。そして、パワハラの事実をつかんだ本社の対応は⋯⋯。

    ©123RF.COM

    汗をかかない人間の言葉

    初めて訪れた大宮駅は、想像していたよりも巨大だった。自分が住んでいるアパートと施設を往復するだけの毎日を送っている宮倉にとって、大宮は大都会だった。休日は部屋で撮りためたビデオを観ているか、ゲームに没頭して一日が終わることが多いせいか、人の多さに辟易する。

    「通報いただいた件でお話しを伺いたい。今週のいずれか都合のいい日時に本社総務部へお越し願いたい。株式会社シニアホームズ 総務部長 加賀丈二」本社の総務部長という肩書の人に呼ばれて来たものの、すでに疲れを感じている。駅から五分ほど歩いた場所に本社が入居するビルを見つけた。スマートフォンの地図アプリで確認し、入口に備え付けのインターフォンを押して来意を告げるとセキュリティーのドアが開く。

    エレベーターで三階へあがると「宮倉さんですか。わざわざご足労いただきましてありがとうございます」女性社員が会議室に案内してくれた。何を訊かれるのか知らないが、事実をそのまま言うだけだと決めていた。

    本社は“汗をかかない”場所だと思っている。これまでも、宮倉ら現場で働く者に命令だけして丸投げする姿勢しか見えなかった。だから、コンプライアンス窓口にメールをしても返事などないだろうと諦めていた。ところが昨日、加賀からメールが届いた。声が届くか不安はあるが、話を聞く姿勢だけはあるのだろうと思い、電車に乗ってきた。

    「失礼します」ドアがノックされ扉が開くと、スーツ姿の男が二人入ってきた。宮倉もイスから立ち上がり挨拶する。「今日はわざわざありがとうございます」年配の男が笑みをつくり総務部長の加賀と名乗る。隣の男は広報部の寺川と自己紹介した。

    「これをご存知ですか?」加賀がホチキスで留められた資料をすべらせてくる。いきなり本題に入ったようだ。十枚くらいあるだろうか。「今田麗子さんの告発文です。我々と、メディアに送ったようです」告発文?言葉の意味を理解できない。「告発文⋯⋯ですか?」宮倉の向かいに座る二人が無言で頷く。「読んでみてください」加賀が言う。手にした資料の宛先に“報道機関各社 御中”とある。

    “私は、たどころシニアホームズという老人介護施設に勤務する今田麗子と申します。突然のご連絡をお許しください。今年五月の連休以降、上司である支配人の神谷暢三氏によるパワーハラスメントを受けており、会社(株式会社シニアホームズ)の窓口に通報しました。しかし、会社側からの連絡はもちろん、対策はなんら講じられず神谷氏からのパワーハラスメントは今も続いております。

    「お前のために厳しくしてやってるんだ。ちゃんと働けボケ!」「ろくに仕事もしてないくせに仕事休むんじゃねーよ」といった言葉の暴力はもちろん、最近では業務の相談をしようにも完全に無視され、資料を提出すれば必ず突き返され、帰宅が夜12時を過ぎることもしょっちゅうあります。病床の母親のことを考えると、治療費のこともあり我慢するしかないと思い、頑張ってきましたが体力的にも精神的にも限界になりました⋯⋯”資料をめくる音が部屋に響く。

    三枚目の途中で宮倉は、両肩が強張っていることに気づき一旦資料から視線をはずす。ひとつ息を吐き背中を伸ばす。「ゆっくりでいいですよ」寺川が頷きながら言う。「これは本人から送られたものなんでしょうか」「そのようです」総務部長の加賀の声は沈んでいる。十二枚の資料を読み終えるのに一五分ほどかかった。支配人の神谷のパワハラが赤裸々に書かれていた。今田の心情を思うと心が痛む。

    「宮倉さん。あなたの通報があったから、この告発文と繋がったんです。どちらかが欠けていれば事実を調査するまでに時間がかかったと思います」顔を見ながら思い出した。昨日、施設に来ていた二人の男のうち、一人は加賀だった。

    「本題に入ります。最前線で働く立場の人間として、ご入居者や職員の方々の雰囲気、職員の方々が神谷さんをどう見ているか、言動などもありのままに聞かせてください。率直に」言っていいものかどうか迷う。俯き考える。「神谷さんは今日から自宅待機にしました」「えっ」「それが答えです」

    「かなりのパワハラ野郎ですね」話を訊き終えた寺川が眼鏡をはずし目頭を押さえる。加賀は、さっきまで宮倉が座っていたイスに視線を送る。「そのようだな。彼の言葉に嘘はないように思えた。君はどう感じた?」「同感です。脚色なしでしょ。むしろ神谷さんに遠慮しているように見えました」そうだなと言う代わりに加賀が首肯する。

    「あの資料がメディアに本当に渡っているとしたら、騒ぎになるぞ」「もう届いていますよ、たぶん。ここ最近、老人施設で入居者に対する虐待がテレビや週刊誌で取り上げられているじゃないですか。死者まで出ていますよね。幸いにも、今までうちではそんなことはなかった。ただ⋯⋯」

    「ただ、なんだ」「入居者に対するものではなかったとはいえ、上司がパワハラをして...

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