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広報担当者の事件簿

広報から畑違いの経理課長へ 子会社出向に秘められた使命〈後編〉

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    【あらすじ】
    糧食フーズの津島千太郎が出向先の長与食品で経理課長となって1年半が過ぎた。ある日、経理部長の田谷征四郎らが不正を行っていることに気づいた津島は糧食フーズ広報部の後輩、米代寛太の協力を得て内密に調査を進める。すると、7年間にわたる組織ぐるみでの横領という衝撃の事実が明らかになった……。

    ©123RF.COM

    古い膿を出すのは誰だ

    激しい雨がベランダに打ちつける音で明け方に目が覚めた。

    「製造部長と経理部長が先導してきたんです。七年間も」目を瞑ると、肩を震わせる中ノ瀬琢磨の顔が浮かんだ。

    創業八〇年の長与食品は福岡では老舗の食品加工会社だ。売上高は一五〇億円。従業員数が一〇八名。この規模の企業は人事が停滞しがちになる。長与食品も例にもれず管理職が長く同じポストに就いていることが珍しくなかった。

    製造部長の源田二三彦は八年、経理部長の田谷征四郎にいたっては一〇年も留まっている。源田も田谷も、部長になる前を含めるとほぼ二〇年間同じ場に居座る“主”。会社の裏の裏まで知り尽くしているといってもよかった。

    社長を含め五人の取締役のうち二人は源田と田谷。社長は親会社から配属される。残る二人は人事部長と研究開発部長だが、源田や田谷の後輩ゆえお飾りになっていた。売上の七割が親会社の糧食フーズへの販売で、社内の緊張感はないに等しい。“主”たちにとって不正を働くにはこれ以上ない環境といえた。結局、津島千太郎は眠れないまま朝を迎えた。

    週末は糧食フーズ広報部の米代寛太から届いたレポートに目を通した。過去一〇年分の決算と、その間に結ばれた原材料の契約書、取引データを調べたものだった。中ノ瀬によれば「正規の契約書とは別の契約書を作成しろと。差額は製造部長と経理部長が」七年間懐に入れていた。津島はその言質を米代に伝えた。「該当する工場長たちも調べますね」米代が“痒い所に手が届く”作業をしてくれた。津島が福岡に異動して一年半、米代は確実に成長していた。

    「このリストが表に出れば田谷も源田も終わりか⋯⋯」津島は米代が送ってきた資料をめくりながらつぶやく。同時に大城恵奈の顔も浮かぶ。彼女たちのように会社のために真面目に働いている従業員の立場はどうなるだろうか。

    長与食品と取引のある会社は一斉に引くことが容易に想像できる。売上の大部分を占める親会社の糧食フーズも無傷ではいられまい。取引は当然停止するだろう。歴史のある会社だろうと信用は地に堕ちる。従業員は職を失い路頭に迷う。従業員だけではない。会社は彼ら彼女らの家族の未来まで責任を負っている。コロナ禍で事業が立ち行かなくなり苦渋の選択を迫られる企業が増える中、田谷と源田の不正は万死に値する。歴代の工場長たちも口止め料の“おこぼれ”にあずかり、見て見ぬふりをしてきた。

    米代が、すでに退職した二人の工場長に聴き取りをおこなった音声データまで送ってきていた。そのうちの一人、竹河親太郎は工場長時代の田谷とのやり取りを録音していた。決定的な証拠だった。「ずっと贖罪の意思を示したかった。自分が受け取ったのは一〇〇万だった。今さらだが返したい。なんでも協力させていただく」竹河は声を震わせながら言っていた。「協力する前に従業員に謝れ」津島は音声データを聴きながら怒りが込みあげてきた。全員まとめて罪を償わせてやる。津島は出勤の支度を整えると部屋を出た。

    「津島、ちょっと来い」田谷が眉を吊り上げる。午前七時三〇分。ほかの従業員が出勤してくる前に頭の整理をしようとしたが、田谷がそうはさせてくれないようだ。「やれやれ。必死だな」顔を下にむけ苦笑いを隠す。会議室に入ると、製造部長の源田が落ち着かないそぶりをしていた。右脚がさかんに揺れている。

    「座れ」命令口調の田谷がソファを顎で指す。いつも以上に目が吊り上っている。津島は“命令”を無視した。「早く座れ!」と田谷が声を荒げる。「おはようございます。朝から何を怒っているのですか」ゆっくりと目を見て言葉を継ぐ。

    「貴様。いつから探偵になったんだ」上座のソファから田谷が凄んでくる。「私は経理課長です。探偵ではありません」「じゃあ、なぜ東京の奴らを使ってうちのことを探っている」津島が田谷を睨む。黙したままなにも言わない。「なんとか言え!」業を煮やした田谷が大声を張り上げる。窓が揺れるほどの声量だった。これだけの声量があるなら、今までも聞こえるように言えただろうに。

    田谷は、津島にだけ聞き取りづらい声で指示をしていた。「一回で理解せんか」訊き返すといつも面倒くさそうな態度を取ってきた。思い出すとまた苦笑いになってしまう。「何がおかしいんだ。馬鹿にしているんじゃねえ」「馬鹿になんてしていませんよ。何をそんなに怒っているのか理解できないので、変な表情になったのかもしれないですね」視線を二人にやりながらゆっくり話す。「竹河さん。最近、記憶にあるよな」田谷が言うと源田の揺れていた右脚がとまる。

    「お会いしたことはないですが、元工場長の方ですよね」いつまでも無駄な時間を過ごすわけにはいかない。切り込むタイミングだった。「俺と源田を陥れようと竹河を脅していると聞いたぞ」「脅す?」「ああ、お前らがここを潰そうと躍起になってありもしない不正を既成事実としてつくりあげようとしている」...

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