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広報担当者の事件簿

広報から畑違いの経理課長へ 子会社出向に秘められた使命〈中編〉

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    【あらすじ】
    糧食フーズ広報部から、子会社である福岡の長与食品に出向した津島千太郎。経理部の上司、田谷征四郎の異様なハラスメントに疑念を抱いて書庫を探すと、“極秘”と書かれた怪しい資料を見つける。広報部の後輩、米代寛太の協力を得て調査を始めた夜、再び書庫へ向かうと目をつけていた資料がすべて消えていた。

    ©123RF.COM

    消えた“極秘”ファイル

    「元気そうですね。福岡の水はどうですか」

    糧食フーズ広報部の米代寛太が、受話口から明るい声を響かせてくる。「ああ、水はおいしいよ」「水は、ですか」「そっちは変わりないか」話題を変える。「いろいろとバタバタしていますが、変わったことは特にないです」

    “バタバタ”はよく耳にする言葉だが、便利なフレーズだと思う反面、使う者の品格を落としているようにも感じる。津島千太郎が違和感を感じる言葉のひとつだった。「お前、いつもバタバタしているんだな」津島が笑うと「口ぐせになってしまって⋯⋯すいません」頭を掻く米代を想像する。

    「それで、何かありました?」「今ゆっくり話せるか?」壁の時計に目をやる。もうすぐ昼休みの時間になろうとしている。「一件電話しないといけないですが、そのあとなら」「じゃあ、一五分後にどうだ?」津島の提案に「了解です」と米代が応じる。

    「臭うなあ」米代がひょうきんな声を出してくる。「何が」「福岡の水以外の味ですよ」「かなり臭いかもな」「どれだけ臭うかあとで嗅がせてもらいます」米代が言い終わると津島から電話を切る。誰かに見られたら、それだけでリスクになってしまう。

    糧食フーズの子会社である長与食品に赴任して一年半が経つ。広報部でメディア対応をしていた人間がいきなり子会社、しかも福岡に飛ばされ、まったく経験のない経理部門への配属である。懲罰人事といえば信じる者もいるだろう。米代をはじめ広報部のメンバーや同期たちも首をひねったくらいだ。

    「よう津島、福岡はどうだ。何か変わったことは見つかったか」長与食品に赴任して半年後、会議で久しぶりに糧食フーズ本社に顔を出す機会があった。そのとき、常務の岡添健三が声をかけてきた。コンプライアンス担当役員である。

    「針の筵です」津島が言うと「そうか!はっはっは」と笑い飛ばされた。辞令を渡す立場の人間は気楽なもんだと呆れたことを思い出す。紙切れ一枚でどこにでも飛ばされるサラリーマンの悲哀を感じずにはいられなかった。ひょっとして、俺にこんなことをさせるために⋯⋯いや、そんなわけがない。仮説を打ち消し、米代の電話番号をタップした。

    「どこに行っていた?」田谷が訝しげに訊いてくる。時計の針は一時一〇分を指している。「経理は時間がルーズな広報とは違うんだよ」広報は時間がルーズ?この男には何を言っても否定されるだろう。田谷の言葉に周囲の社員たちも嘲笑を隠さない。四面楚歌だった。

    「サボりたいなら経理の仕事をしっかりやれ」慇懃に無言で頷いてみせる。夕方までの我慢だ。自分に言い聞かせる。

    米代とは念のためビルの外で話した。「昼休み中に申し訳ない」調べてほしいことを伝えすぐに終えるつもりだった電話は、米代が仕入れてきた情報を聞いているうちに長くなった。「津島さん?聞こえてます?」「⋯⋯ああ」「もう少し調べておきますよ」米代の明るい声が耳に届く。

    「無理するなよ」「探偵ごっこみたいですね」「臭いが濃くなってきたな⋯⋯」「まだまだ濃くなるかもしれません」広報に探偵のマネごとをさせていることに申し訳ない気持ちになる。「持つべきものは同期ですね」米代の明るさに救われる。「メールは送ってくるな。連絡は電話で」「分かっています。これでも広報の端くれですから」電話を切りビルに入った。

    午後は半期の決算業務に徹した。経理部は半年ごとに決算に振り回される。数字と格闘していると、田谷が監視の目を向けるのを視界の隅にとらえるが気になどしていられない。経理課長としての役割を果たすまでだと言い聞かせる。

    集中しすぎたのか思考が働かなくなり、休憩しようと一階の自動販売機で缶コーヒーのボタンを押す。「お疲れさまです」自動販売機の横から人事部の大城恵奈が顔を出す。

    「昨日はどうも」「お昼はしっかり食べました?ナシゴレン」大城が屈託のない笑顔で訊いてくる。「おいしかったですよ」「今日もお一人ですか」「ああ、まあ」言葉を濁す。思考が働かないのは、昼を食べていなかったせいだと気づく。

    「そういえば」大城が急に声を落とす。「環奈、あ、経理部の渡良瀬環奈。私の同期なんです」「渡良瀬さんがどうかした?」「彼女が、来客用のお茶を出そうと応接室のドアを開けたら部屋を間違えたらしくて⋯⋯製造部長と経理部長が深刻な表情で話していたそうです。テーブルには何冊ものファイルがあって、背表紙に“原材料単価契約”とあったそうですよ」津島が思わず周囲を確認する。「来期の相談じゃないの?」軽く返してみる。

    「ドアを開けたとき、“とにかく数字を隠せ”って経理部長が声を低くして怒鳴っていたそうです。たまたま聞いてしまったって言っていました。津島さんに伝えようとしても周りの目があるからなかなか近寄れないって」「俺に?」大城が頷く。書庫で見たファイルの...

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