
「嵐」に学ぶマーケティングの本質
射場 瞬/著
日経BP
248ページ、1870円(税込)
マーケティングの知見を豊富に持つ著者がファンと公言する嵐をマーケティングの視点から考察したのが本書『「嵐」に学ぶマーケティングの本質』だ。
「マーケティング」の理解に「嵐」の事例は分かりやすいと感じた著者。「人の気持ちを揺り動かしたブランドや商品を深く考察することが、マーケティングの基礎と実践を学ぶ上での近道だと思います」。
マーケティングは日々変化する消費者心理を掴み、成功した実例から学ぶ必要がある。その点、1999年から2020年まで、一貫して大勢のファンに愛され続けた嵐からは、ビジネスパーソンにも役立つコミュニケーションが学べると考えたのだ。「また、複数ケースを紹介するよりも、N=1のものすごく成功したひとつの例を深く考察した方が、学びが多いと思いました」。
「攻め」も「守り」も
コロナで消費者とのタッチポイントは一気にデジタルへ。嵐も2019年秋、公式YouTubeチャンネルを開設するなど、デジタル化へ舵を切ったが、その時点でグループの活動休止まで残り約1年だった。短期間で、いかにデジタル上でもファンと交流を図ったか、嵐が行った施策を本書は分析している。
一例を紹介する。それが、デジタルの本格導入までファンが盛り上がれる機会を複数設けた点だ。2019年10月9日、まずはYouTube公式チャンネルと音楽配信をスタート。それが第1の「山」。2つ目が11月1日、デビュー20周年記念日が2日後と迫る中、とある予告を発表。その内容が、3日にYouTubeライブを行う、というものだ(YouTubeライブが第3の「山」)。その結果、SNS上で何度もファンが歓喜し、デジタルの交流を活発化させた他、デジタルが苦手なファンの導入へのハードルを下げる効果があった、と指摘。
参考になるのは、「守りの広報」にも通ずる施策を嵐が行っていたこと。それが、活動休止の発表だ。ファンにとって知りたくない事実。それでも、「ファンが落ち着きを短期間で取り戻せる結果になったと思います」。
それも、緻密なコミュニケーション設計が背景にあったと思われる。まず、2019年1月27日、嵐5人が休止について説明する動画を嵐の有料ファンクラブサイトに上げた。ファンに最初に報告したのである。
その後、同日夜に公式な記者会見を実施。そのタイミングも、翌日朝のニュースやワイドショーに編集が間に合う時間帯を設定し、「マスコミの現場スタッフたちの立場や仕事のやりやすさも思いやっての日時選択だと思います」。こうしてメディアに好意的に受け止められたと考えられる。
顧客理解が卓越していた嵐
しかし、嵐が優れていた点はもっと本質的な部分だ、と著者。それが、顧客を理解し、心を動かすことだ。
その点、嵐のパフォーマンスは多くの人の心を確かに動かしていた。例えば、2020年3月、コロナで外出自粛を強いられているファンのためにインスタライブを配信。その配信の最中、ファンがコメントで「5人の写真を撮りたい」と要望した。すると、スクリーンショットを撮るために5人がポーズをする時間がつくられた。そうした振る舞いに、「よくぞここまで自分たちの気持ちを慮って、精一杯努力してくれた、と思わせられるのです」。

射場 瞬(いば・ひとみ)氏
IBAカンパニー代表取締役。マサチューセッツ州立大学にてMA、ニューヨーク大学スターン経営大学院にてMBA取得後、グローバル企業(Colgate-Palmolive、Kraft、American Express、Fila)の米国本社勤務を中心に、約15年間、マーケティングや事業開発のマネジメントを経験。その後、日本コカ・コーラ社マーケティング本部副社長を経て、2010年IBAカンパニー設立。